略奪ウエディング
梨乃はそっと俺の前に近付いてきた。
そんな彼女を後ろと前から、俺と牧野は黙って見ていた。

「…私…、東条さんに…きちんと言っておきたかったんです。私は…課長が好きだと。彼に申し訳ないことをしたと。…きちんと、謝りたかった」

小さな声で話す彼女が抱える花束が小刻みに揺れていた。彼女の緊張が痛いほどに伝わってくる。

「…私には…過ぎた人だと自信を無くしそうになりながら…課長を知るほどに…気持ちは止まらなくて…それを東条さんに伝える義務があると思いました」

俺は彼女を今すぐに抱きしめたい気持ちをぐっと堪えた。最後まで聞かないと、君がどうしたいのかが分からない。

「…だけどそれは、課長にとっては…許せない行為でした。私も、すぐには話せなかった。どこか後ろめたく思っていたからです」

そこまで言うと、梨乃は一旦話を区切り花束に顔を埋めた。涙を堪えていることが分かった。俺は何も言わずにそんな彼女を見つめていた。

そのまま顔を隠しながら再び彼女は話し始める。


「………課長がもう……私を必要としてはいないのならば……私はもう、いいです。
東条さんに…言われました。自分が、私と課長の妨げになりたくはなかったと。
今の私も、…同じ、気持ちです」

………は?東条が?
俺は瞬時に悟った。
彼は本当は、…梨乃を想っていたのだと。
あの日、口汚く彼女を侮辱したその裏で…彼女の幸せを願っていたのだと。


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