略奪ウエディング
「理想高そ~。あれ以上の女なんているの?」
「…そうね…。いないかも」
そんなことを話していると、向こうから課長の怒声が響いた。
「ここは無理に契約を推すなと言っただろう!」
私とスミレはビクリと肩をすくめた。仕事中に噂話に興じていたのを注意されたと一瞬勘違いをしたからだ。
そっと振り返ると、課長が私たちの同期の中野くんを怒っている。
「すみません…!」
中野くんはガバッと頭を下げて課長に謝っている。
「謝って欲しいわけじゃない。どうして無理に押印を求めたりしたんだ。何をそんなに焦ってる」
「あの…、それは」
そんな二人の会話に、アカマメが嬉しそうに割って入る。
「中野~、そこは大手だな~。左遷の準備、しとけよ」
中野くんは部長の言葉にビクッとなる。
課長はそんな赤沼部長をギッと睨むと言い切る。
「俺は彼を責めているわけじゃありません!対策を講じようとしているんです」
「はあ?今さらどうするつもりかね〜?もうダメなんだろ〜?」
アカマメも課長を睨み返す。
「彼のプランは悪くない。相手にどう理解してもらうかが重要なんです!左遷だなんて、たちの悪い冗談で中野を混乱させないでください!俺は有能なスタッフをよそに差し出すつもりはない。あなたはこの件には口を挟まないで下さい!」
「うぐ…!この…」
アカマメの顔が赤らんでくる。
課長はそれに目もくれずに中野くんの肩に手を置いて真剣に小声で何かを話していた。
再びスミレが私に言う。
「…あれだけの男だもの、森田じゃダメね。役不足だわ。可愛いだけの女に用はなさそう」
「…そうね。賢くて、強くて、…彼を支える、そんな女性が…」
言いながら空しくなってくる。私なんかがいくら好きでも届く相手ではない。
「スミレ…私、お見合いの話がきてるの。迷っていたけれど、会ってみる」
「えっ」
スミレが驚いた顔を私に向ける。
私は曖昧に笑って彼女を見返した。
今から二ヶ月前のことだった。
あの時、決心した。不毛な片思いはもうやめようと。彼に似合うような女にはなれない。私は課長から返された付箋だらけの書類の束をデスクに広げて見つめながらそう思っていた。
こんな…私なんかじゃ…。
それから数日が過ぎ、私がお見合いをした翌日。
自信ありげに部長に宣告した通り課長は逃しかけた契約を取り付けた。