略奪ウエディング

彼の企み




「あ、そうだ梨乃。三月二十日は何か予定はある?」

朝になり、悠馬に訊ねられる。

「え、二十日?いいえ、何もないけど…」

私は彼をぼんやりと眺めたまま答えた。

ワイシャツにネクタイ。その上からエプロン。
彼のこのスタイルはもう何度か見ているが、見飽きる事などこれから先もないだろう。
会社での厳しい彼とのギャップから来るものなのか、とてもセクシーに見えてならない。
部下を叱り飛ばし、上司に楯突いて、思うままに契約を取り付ける。そんな課長しか以前は知らなかったのだから。

うっとりと頬杖をついて、彼が玉子とベーコンを炒める姿に見惚れていた。後ろからその細く締まった腰にしがみついて背中に頬をすり寄せたい衝動と闘う。


「……ジロジロ見ない。照れるだろ」

私の視線に気付いた彼が目を逸らす。

「だって……萌えるんですもの。悠馬のエプロン」

私の返事に彼は困ったように眉を下げる。

「……スケベだな。何だよ、それ。…誰にも言うなよ?」

「…何を?」

「俺がエプロン付けて梨乃の朝御飯を作っているだなんて。矢崎にでも知れたら大変だよ。君にベタ惚れなのが会社中にバレて、カッコ悪くて決まらないだろ」

「…ふふっ。誰にも言わない。鬼課長さまの言う事を聞かないと、美味しいご飯を作ってもらえなくなるから。私は忠実な部下だから」

本当はもったいなくて独り占めしていたいからなんだけど…。
私の言葉に彼はケラケラと愉快そうに笑った。

「三月二十日に何があるの?」

私の問いに彼は手を止めてこちらを見ると、軽く片目をつぶった。
「君にとって、忘れられない出来事が起こる日だよ」

きゃ。
閉じた彼の片目からパチンと何かが飛び出してきて、私の心を射抜いたような気がした。
ドキドキして心臓が破裂しそう…。

私は胸を押さえながら言う。

「やめて。その格好で、そんな仕草で。…私を惑わさないで。息切れがしそう」

「…何言ってんだよ。はい、ご飯できたよ」
彼は呆れたように笑いながら皿を運んできて私の目の前に静かに置いた。


そこには美味しそうなベーコンエッグが綺麗に盛り付けられている。

「はい、スープも。熱いから気を付けて。君は猫舌なんだから」

もう…胸が苦しくてお腹が一杯になった気分だ。


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