略奪ウエディング
「震えてる。…ごめん、怖がらせるつもりじゃなかったんだ」

課長が私の肩を抱いて私を引き寄せ、自分の胸に寄りかからせる。

その温かさに、緊張の糸が切れて涙が一しずく流れ落ちた。

「泣かせてばかりだね。…これからも俺は君を泣かせるのかな。大事にするつもりだけど、君は泣き虫だからなぁ」

課長は私を抱きかかえたまま、私の髪をそっと撫でながら言う。
彼の心臓の音を聴きながらその心地よさに私は目を閉じて黙って話を聞いていた。

「泣かせるのも、笑わせるのも、怒らせるのも、これからはみんな俺だけにして。俺もさっき知ったんだけど、俺って案外嫉妬深いみたい。
全部自分に向いていないと嫌なんだって知って自分でも驚いてる」

他人事みたいに話す言い方に私は思わずクスクスと笑った。課長の話を聞いているうちに驚くほどに心がほぐれていたのだ。人の緊張を解くトップセールスならではの、課長の優しく軽快な話術。いつしか私も笑顔に戻っていた。

「自分のことなのに分からなかったんですか」

「うん。プロポーズしたのも初めてだしね。そんな熱い感情が自分にあったとはね。負けず嫌いなのは自分でも知っていたけど」

そう言いながら課長の指が私の耳のピアスをチャラッ…、と優しく弄る。

「くすぐったい…」

私は首をすぼめた。

「ピアス。いつも違うのをつけてる。俺って案外、君のこと見てたみたい。思えば色んな表情を知ってるな」

「嘘。課長は私なんて見てなかったですよ。眼中になかったはずです」

ドキドキするのをごまかすように私は言った。

「見てたよ。矢崎といつも他人の噂ばかりしているだろ。俺なんて以前ホモ扱いされたしね。あれには笑ったよ」

「ちが…っ!あれはスミレたちが…」

「あはは。怒ってないよ」




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