略奪ウエディング
――二年前。
横浜の支社から金沢の本社へと転勤してきた課長をひと目見た瞬間に、私は恋に落ちていた。
だがそれはもちろん私だけではない。
そこにいた全ての女性社員のハートを瞬時に鷲づかみにするほどの魅力が課長には溢れていたのだから。
「横浜から来ました、片桐悠馬です。初めは不慣れでご迷惑をおかけするかと思いますが、どうかサポートをよろしくお願い致します」
男性社員の怪訝な視線と、女性社員の夢見る視線を一様に浴びながら、課長はニコニコと笑ってそう言った。
「今日から書類は全て私ではなく、この片桐くんに提出するように」
課長の隣でアカマメがすかさず言う。
「え、部長」
課長が驚いたようにアカマメの方を見た。
「当たり前だろう。君の判断に任せるよ。ただし、責任も君にあるからな。俺を頼るなよ」
アカマメの厳しい言い方に対し課長は涼しい顔で言った。
「ああ、そうでした。忘れていました。私がここに赴任した理由はこの本社営業部の業績不振を改善するためでしたね」
「君は私のやり方に何か意見があるとでも言うのかね?」
アカマメは真っ赤になって首を真上に上げ、長身の課長を睨んだ。
「いえ、何も。これまでがどうとかいうつもりはありません。もう出てしまった結果を覆すことなんて出来ないのですから。
これから、が大切ですからね」
私たち部下は、朝礼の壇上で急に起こった上司の火花に唖然としていた。
「それなら君の思うように勝手にやりたまえ!何度も言うが、結果が出なくても私のせいにするんじゃないぞ!」
アカマメが怒ってその場を離れ、部屋を出て行った。
バタン!
ドアが閉まり一人壇上に残された片桐課長は、私たちの方を見て軽く片目を閉じた。
「すみません、立場もわきまえずについ言い過ぎてしまいました。でも、勝手にやっちゃっていいそうです。よろしくお願いします、皆さん」
そんな課長の様子に、緊張していた雰囲気が一気に和らぎ皆は笑い出した。