略奪ウエディング


――「腹が減ったな。何か食べる?」

課長の部屋に入ってすぐに訊かれて、慌てて遠慮する。

「いえ!お構いなく…」

そんな私に課長は笑いながら言う。

「何遠慮してんの。婚約者なのに」

婚約者…。何て素敵な響きだろう。自分が課長にとってそのような存在になれるなんて、昨日までは思いもしなかった。

だが、浮かれた気分と同時に現れてくる違和感…。
…本当に?
実感がないのは日が浅いから当然だが、これからもこの違和感が消えることはないような気がしてならない。

「うーん…。大したものがないな~…。冷凍の魚と、野菜が少しか」

課長はネクタイを緩めながら冷蔵庫を覗き込んで言った。

「課長が作るんですか…?」

驚く私に課長は得意げな顔を見せる。

「俺の作るご飯は美味いんだよ?一人暮らしが長いからね」

「嘘みたい。…本当に?」

「失礼だな。じゃあ証明しよう」

そう言って黒いエプロンをワイシャツの上から着ける。

レアで貴重な課長のエプロン姿に私の目は釘付けになった。
それがまた素敵で似合っているところがすごい。

昨日から次々と見せられる課長の色々な面に、私の気持ちはすっかりと取り込まれている。

たった一日で二年間の片思いの頃の数倍は気持ちが大きくなっているような気がする。
しかし課長はそんな私に対してどう思っているのだろうか。

そんなことを思いながら私は改めて課長の部屋を見回した。



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