略奪ウエディング


2LDKの綺麗な部屋。
私たちが勤める月瀬建託は賃貸住宅会社だから、おそらく会社の物件なのだろうけれど。
金沢のほぼ中心部の人気エリアに建つ新しい高層マンションは若い男性が一人で住むのには少々贅沢な気がした。

必要最低限の家具。ベッドとテーブル、ソファ、家電製品。それとパソコンと会社の書類や資料が置かれたデスク。それだけが置かれた部屋。

「金沢で彼女がいたことはなかったんですか」
女性を連想させるものは何もなかったけれどつい思わず訊ねていた。

「直球だね。実は~と言いたいところだけど残念ながらここではないね。仕事しかしていなかったよ。君に会うまでは、ね」

「…そうですか」

『ここでは』。…向こうにはいたんだ。当然よね。
今さら何を落ち込んでるの。課長が会社で常に女性から注目されているのをこれまでに見てきたじゃない。

「漁っても何も出てはこないよ。じゃなきゃ梨乃を呼ばない」

課長はクスクスと笑いながらキッチンから私に言った。

「漁ってないです」

私は答えながら部屋を見渡すのをやめてソファに座った。
課長がキッチンからやって来て、私に缶ビールを手渡す。
条件反射で受け取ったが、それをテーブルに置いた。
そんな私を見て課長が言う。

「今夜は泊まっていけばいいよ。俺、車をこっちに持ってきてないから送れないんだ」

「いや、…いいです。バスで帰りますから」

初めてお邪魔したのに朝までここにいるのは流石に気が引けた。
だが、『泊まってもいい』と言った課長の言葉に期待してしまう。
赤くなったのを隠すように両手で頬を覆った。

「バスでなんて帰せないよ。何かあったら大変だからね。
ところでさっき、牧野と何を話してたの」

「え…っ」

課長が何かを話す度に、私の心拍数は上がっていった。
官能的なキスで頭がいっぱいになっていたが、今になって改めて訊かれるとは思っていなかった。


< 53 / 164 >

この作品をシェア

pagetop