略奪ウエディング


課長はエプロンを外すと私の隣に座った。
「もしかして、好きだとか…、言われた?」

「あ…、いえ、その」

うまく答えが見つからずに私は俯いた。

「言いたくない?」

そう言われて顔を上げる。
黙ったまま課長を見つめた。
どう言えば無難なのか、必死で答えを探す。彼の気持ちが届かない事を、自分に置き換えていただなんて言えるはずがない。

「…ずるいよな。そんな困った顔をされたらもう訊けないよ。何があったのかゆっくり聞き出したくてここに連れて来たのに」

「ごめ…」

謝りかけてやめる。
課長はきっとそんな言葉を望んでいる訳ではないだろうから。

「じゃあ、もう訊かないよ」

「え……課長」

怒ったようなその言い方が、突き放されたように聞こえて私は課長の腕のワイシャツをそっと掴んだ。まるで捨てられてしまいそうな子犬のような心境だった。

そんな私の動きに気付いて、課長がその手を握る。
振り離されるものだとばかり思っていたが課長は私の手を掴んだままでいた。
手を繋いだ状態で黙って見つめ合う。
私の指の間に、課長の指が絡んでくる。
それを見ながら次に何を言われるのか怖くなってきていた。


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