略奪ウエディング
「もう訊かない代わりに、お願いがあるんだけど」
ドクッと胸が揺れた。
何を言うつもりなの。
まさか本当にこのまま何もなかったことにしてほしいとか……?
「…梨乃から俺にキスしてくれる?」
「…キス…?…今…ですか」
「そう、今。そしたらもう訊かない」
課長が目を閉じた。
私はそのまま顔を近づけるとそっとキスをした。
優しく触れるだけの軽いキスの後、お互いに目を開いた。
「…これで牧野を怒れなくなっちゃったな。この話はもうしないよ」
そう言って笑う課長を見て胸がキュッと締めつけられた。
課長が、もうこの話を終えるためにわざとこの程度のお願いをしてきた事にもちろん私は気付いていた。課長の優しさに包まれて恐怖心が消えていく。
「でも、覚えておいて。俺は君が俺だけを見ていないと嫌なんだ。
俺はきっとこれからもどんどん君を好きになる。本当に本気になったらこの程度じゃ済まないよ?
今回は見逃してあげる。
たった一日しか経ってないのに君の全てを縛れないからね…」
…ああ。何を恐れる必要があったのだろう。
課長はきちんと私のことを考えてくれている。
終わらせてしまおうだなんて思ってはいない。
この人がとても誠実で、誰よりも責任感があることを私は誰よりも知っていたはずなのに。ずっと課長を見つめてきたのに。
信じて待てば良かったのだ。
「今…もう、この程度でなくていいです…」
「…ん?どういう意味?」
課長の胸に寄りかかり身体を預け、その細い腰を抱きしめながら言う。
「もっと…もっとしてください…。キスだけじゃ嫌です。時間なら十分経っているんです。私の中では」
「梨乃…」