略奪ウエディング
手術室の前の椅子に一人座りながら、震える手を握りしめた。
このまま東条さんが目を覚まさなかったらと思うと、怖くなった。
病院が彼のご家族に連絡をしたそうだが、誰とも繋がらなかったそうだ。
『うちは全員仕事で忙しいからほとんど毎日顔を合わせないんですよ』
以前にそう言った時の、彼の寂しそうな笑顔が頭を掠める。
私は彼に色々言われたけれど、何故だか憎む気にはなれなかった。裏切った負い目なのかと思ったりもしたが、それもどこか違うような気がしていた。
『梨乃さん、俺は家でずっと帰りを待ってくれる人がいる温かさに飢えているんです。今はまだ、俺を好きだと思えなくてもいいんです。結婚してからゆっくりと俺を知ってもらえれば』
照れて頭をかきながら言うその顔を見ながら、私でいいなら、と思った。胸を締めつけられたりはしないけれど、彼の言う通りゆっくりと好きになっていくつもりだった。
――『手術中』のランプがふっと消えて私は立ち上がる。
中から出てきた医師が笑顔で言う。
「大丈夫ですよ。頭を打っているのでまだ何とも言えませんが、じきに目を覚ますでしょう」
私は安堵でその場にへたり込んだ。
「…ありがとうございます」
そんな私を見て医師は言う。
「あなたを残して、彼はどうにかなるわけにはいきませんね。あなたの存在が彼を助けたんですよ」
私は医師に何も言えなかった…。