強引専務の身代わりフィアンセ
【番外編】ich bin ganz weg von Dir schon Im.Mer!
「よかったね、一樹くん。美和ちゃんを無事にものにできて」

 カップを持って優雅に口に運ぶ身のこなしからは想像できないような、あけすけな言い方に俺は眉を曇らせる。いつもなら、その含んだ言い方に一言添えるところだが、今日はなにも言わずに視線だけを送った。

 なぜなら今、俺の隣には美和がいるからだ。

 エキスポでの一件が無事に終わり、なんとか予定を縫って空けたある休日、俺は美和と桐生兄妹に会うことになっていた。

 もちろん言い出したのは幹弥で、俺は気が進まなかったが、幹弥には貸しがあるし、美和も幹弥、そして美弥に会いたがっていたのだから、拒否することはできない。

 幹弥が指定した場所は一昔前のイギリスをイメージしたアンティークカフェだ。外の夏日が嘘のように、別空間を醸し出している。こいつはこういった情報は俺よりもはるかに敏い。

 照明が落とされた店内は、内装やテーブル、椅子などにもこだわり、どれも本場イギリスから輸入したものらしい。隣に座っている美和は緊張しつつも紅茶をじっくりと楽しんでいる。

 美弥は、相変わらず忙しいらしく、少し顔を出すと早々にこの場をあとにした。どちらかといえば、美和に会うためだったようだし、目的は果たしたようだ。

 最初に会ったときに、戸惑う美和をよそに、美弥は一方的に自己紹介をして笑顔を向けた。

『一樹くんとのこと、おめでとうございます。私とのことは、本当に形ばかりだったので、気にしないでくださいね。なにより私にとって彼は、異性ではなく昔から本物の兄みたいな存在ですから』

 彼女なりの美和に対するフォローなのだろう。そこにすかさず幹弥が割って入る。

『本物に、こんな素敵な兄がいるのに』

『うん、だから一樹くんみたいな人が本物だったらなーって』

 いつもの兄妹のやりとりに、美和はかすかに笑った。そのことに少しだけ安心する。無理をさせるのは本意じゃないし、かといって妙なわだかまりをもたれたままなのも堪らない。
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