謝罪のプライド
「何階?」
「あ? ああ、適当でいい」
私が尋ねている間に、彼が車いす用の閉ボタンを押したのか扉が閉まった。
行き先ボタンを押さないから動かないままエレベーターは沈黙している。
浩生は何を言ってくるでもなくて、沈黙が気まずい。
気まずすぎるわ、耐えられない。
「七階でいい?」
堪りかねて私が一つ上の階のボタンを押したとき、浩生が仏頂面のまま口を開いた。
「夜、空いてるか」
「え?」
「約束してただろう、かつや。行くか?」
一階だけなので、エレベーターはすぐに到着してしまう。
「……行く」
「わかった。十九時にかつやな」
私よりも先に下りた彼は、そのまま非常階段に向かっていった。
いつまでも呆けている私に、通りすがる社員が怪訝な眼差しを向ける。
「ヘルプデスクの新沼さんだよね。どうしたの?」
「あ、人総の武原さん。部長から頼まれてこれ持ってきました」
「ありがとう。助かるよ」
書類を渡してから、彼が消えていった非常階段に向かう。
もう浩生はいなかったけれど、人気のない空間にでてようやく息がつけた。
「仲直りしようってことかな」
安堵からかすっかり力が抜けてしまって、私は階段に座り込んだ。
顔が、勝手にニヤけるのを止められない。
良かった。
浩生、怒ってるわけじゃないんだ。