調導師 ~眠りし龍の嘆き~
呆然と見上げる。

その瞳には怒りの色。

そのまま背を向けて両手を広げる。

「お止めくださいっ。
何をなさるおつもりですかっ」
「おどきください愛理様。
当主は、一族の裏切り者を始末なさる所です」
「始末っ!
おふざけも大概になさいませっ!
何の罪も無い者を殺して、許されるはずがないでしょうっ!!」
「当主の意向じゃっ!
下がっておられよっ!」
「お黙りなさいっ!
どんな立場の者であろうと、許される問題ではありませんっ!
どこまで耄碌されたかっ!!」
「なんじゃとっ。
小娘がいい気になってっ。
当主の意志は一族の意志じゃっ!!
何の問題もないっ」
「愚か者っ!!
人を殺す事の重さを理解なさいっ!
人が人でなくなる行為なのですよっ!!
そんなことさえも分からない馬鹿者の集まりでしかないのですかっ!!」
「言わせておけばっ!!」

重鎮達は怒りで我を忘れかけている。

娘さえも失うような事態だけは避けたい。

「愛理の言う通りですわ」

落ち着いた声と共に部屋に入って来たのは母だった。

とっさに反応できないでいる重鎮達。

「罪もない者を殺すなど、愚かな行為。
今一度お考え直しください。
ご自分達の考えは正しいのですか?
間違えてはいませんか?
人としての道を踏み外してはいませんか?」

静かに諭すように問いかける。

いつもの頼りなく、儚げな印象はない。

凛として、強い意志を感じる。

「あなた。
刀をお納めください。
少しお疲れなのでは?
休まれて、考え直してくださいませ」

強く。

けれど優しく。

静かに胸に染み込む言葉。

けれど、何かがズレている。

とても気持ち悪い。

そうだ。

妻の事をもう無かったものにされている。

存在しなかったように。

今しか見ていない。

何だ…?

なぜ、そんなに皆冷静なんだ?

人が一人殺されたんだぞ?

俺の大切な人が……。

父は素直に刀を納めて膝を落とす。

まるで今まで夢を見ていたように。
< 106 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop