調導師 ~眠りし龍の嘆き~
すんなりと再びくぐった屋敷の門。

屋敷は、暗く澱んでいる。

こんな様子だっただろうか。

全く別の場所に足を踏み入れてしまったようだ。

通された部屋。

それは傘の間だった。

記憶にある屋敷の間取りも朧げになった。

きっと兄の部屋と自分の部屋には辿りつける。

けれど他は……。

もう二十年近くだ。

この屋敷を歩いてはいない。

連れ戻された時は、ずっと牢の中。

長い時が経っていた。

「お待たせいたしました。
当主代理の愛理様でございます」

入って来たのは前よりも一段と美しくなった娘。

帰って来た。

うれしくて駆け寄りたい衝動を抑える。

表情は変えないように。

「はるばるのお越しありがとう存じます。
当主代理の愛理と申します」
「……医師をしております。
永久清十郎でございます。
よろしくお願いいたします」

初めて会った他人のように挨拶をする。

「お前達は下がってよろしい。

わたくしはこれより先生にご説明いたします。
よろしいと言うまで戻っていなさい」
「「承知いたしました」」

そっと襖を閉め、気配が遠のいていく。

「ふぅ。
もう固くならなくてもよろしいですわ。
お帰りなさいませお父様」
「ああ。
ありがとう」

優しい娘の言葉。

本当に帰って来た。

実感が湧いてくる。

「ようやっと戻ってこられた。
お前は変わりないか?」
「ええ。
身体の調子も良いですし、問題ありませんわ。
お父様は随分お姿を変えられましたわね……。
お痩せにもなりました。
お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ。
性格は少し楽天的になり過ぎた感もあるがな。
別人のようで都合がいいだろ?」
「ふふっ。
その方がお父様らしいように思われますわ」

元気そうで良かった。

またおかしな薬でも飲まされていたらと。

これからは守ってやれる。

牢の中で何もできなかった時とは違う。

手の届く所にいられる。

「お父様。
早速ですが、診ていただかなくてはならない方がおります」

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