調導師 ~眠りし龍の嘆き~
「あなたが出て行ってから、あの人は暇さえあれば通っていました」

声に振り返ると、そこには入り口に立つ母の姿があった。

「あなたの部屋と、猛の部屋…。
一人で何かを考えるように通っていました。
……あなたを愛していなかったなんて事はありません。
猛もあなたもあの人は愛していた。
……ただ愛し方を知らなかったのです。
不器用な人だから……」

目を伏せる母。

葬儀の日から、律儀にもずっと喪服を着ている。

「時間があれば、あなた達の部屋で過ごす。
何もせず、ただ座って…」

未だに信じられない。

本当に衝撃だったのだ。

それこそ心を解き放ってしまうほどに。

きっと一生許せない。

一族にある何かがそうさせていたと言われても、事実は変わらない。

「許すつもりはない。
あの人から受けた傷は癒えることはない。
それでも、父親であったことだけは認めてもいい。
ほんの少しでも想いがあったのなら。
認めてもいい……」
「お父様…」
「……この話しは、これで終いだ…」
「…この部屋、あなたが使いなさい。
猛も喜ぶはず………。
…永久先生。
お仕事をお願いするわ……」
「わかった。
支度をする」
「では、お荷物を運ばせます。
一時間後、呼びに参ります」
「……」

そう言って、娘を伴って母屋の方へ消えていった。

しばらくすると、男達が荷物を運んできた。

それを整理し、部屋を整える。

「永久先生。
整いましたでしょうか。
では、診ていただく者の所へ案内いたします」

迎えに来たのは、世話役の年かさのいった女。

何度か子どもの頃に見たことがある。

俺が誰か分からないようだ。

女に伴われ、通された部屋。

そこにいたのは、十歳に届くくらいの男の子。

見間違えるはずはない。

「……ふ……っ」

いけない。

ここでは『永久清十郎』だ。

雇われた侍医だ。

それに、知らない方がいい。

一族にばれる心配もなくなる。

俺が再び戻って来ている事は…。
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