調導師 ~眠りし龍の嘆き~
この子にとっての幸せがあるなら。

今の平穏があるなら。

知らせるべきではない。

「先生。
この子は藤武と言います。
診察をお願いいたします」
「分かった。
戸を閉めてくれ」
「はい。
終わりましたらお声をおかけください。
向かいの部屋に控えております」
「……」

女の気配が離れたことを確認して、子どもに向き直る。

「はじめまして。
永久清十郎と言う。
医者だよ。
さあ、こっちへおいで」

離れていた子どもが恐る恐る近寄ってくる。

すぐ前で止まり、こちらを不思議そうに見上げる。

「この間は、ありがとう。
声をかけてくれていたろ?
愛理…様とは友達なのかい?」
「うん。
愛理お姉様。
たまに遊びに来てくれる。
先生は、愛理様のお父様なの?」
「いや。
違うよ。
父のように思ってくれている。
……愛理様が、私をお父様と呼んだ事は内緒にしてくれ。
愛理様が困るからね」
「わかった。
秘密だね。
先生、あんまり愛理お姉様を泣かせないでね」
「ああ。
すまなかった。
もうしないよ」

娘をお姉様と呼ぶ。

そう呼ぶことに、疑問はないのだろう。

その真の意味を知っていたなら、どんなに嬉しいか。

いや。

今でも感動している。

息子の中では何とも思ってはいなくても。

嬉しい。

こうして異母姉弟、仲良くしてくれていること。

何より、姉である娘を慕ってくれている。

嬉しい。

「……診察させてもらうよ。
私のことは、永久先生と呼んでくれ」
「わかった。
お願いします。
永久先生」

こうして、父と知らせることなく日々が過ぎた。

藤武は大きくなり、外に出ることを愛理が許可した。

侍医である俺を監視役にするとの表面上は取り繕って。

何年もの月日が過ぎた。

藤武も愛する人を見つけた。

その一生は悲しく短い運命であったけれど。

幸せな日々だったろう。

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