調導師 ~眠りし龍の嘆き~
白衣を脱いで、出掛ける準備の整ったカバンを掴む。

ゆっくりと外へ。

空は青く、雲は白い。

当たり前の世界の色が、落ち着いて見られるようになったのはいつだったか。

心が穏やかな証拠だ。

以前は胸に渦巻いていた絶望の色も今はない。

静かな色。

穏やかな心。

世界は、ほんの少し優しくなった。

辿りなれた道。

小高い丘は、この年で少し辛くなった。

歩みを止める。

三つ並んだ墓石。


真ん中に兄。

左に妻。

右に息子。


静かに佇む。

「とても素敵な場所ですわね」
「そうだろ?」
「ふふっ。
やっと来られて嬉しいですわ。
それに、お父様にお会いできた。
久しぶりですのに、顔も見せてはくださらなかったんですもの」
「すまん。
あの時はドタバタとな。
すっかり忘れておった」
「まあっ。
わたくしの事を忘れておられた?
悲しいですわ。
まあ、わたくしも少し臥せっておりましたから、お手伝いできませんでしたけれど」
「悪かった。
会えて嬉しいよ。
愛理」

年老いてなお輝く姿。

穏やかに笑う娘。

ゆったりと隣りに立つ。

「お兄様のお墓。
やっとお会いできましたわ…。
お母様と弟……。
あれから長い時が過ぎましたわね……」
「ああ……」
「わたくし、お兄様が大好きでしたわ…。
覚えておりますもの。
今でも夢に見ますわ……。
お母様には、お会いしたかった。
きっと良い関係を結べましたわ……。
だって、お父様が選んだ方ですもの」
「……母と…呼んでくれるのか?」
「もちろんですわ。
わたくしを生んだ母は、早くに亡くなりましたし…。
それに、こう言っては何ですけれども……。
あまり母親とは思えませんでした。
ですから、この方がわたくしの母だと思っております。
藤武も、本当の弟のように思っておりましたわ」
「そうか……。
ありがとう…」
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