専務が私を追ってくる!
「は?」
修は、心底驚いているようだった。
「お見合いの日程がなかなか取れないから突撃訪問しちゃえって、奥様に連れてこられたみたい」
「ちょ、ちょっと待って。何それ、どういうこと?」
「そんなの、私が聞きたいよ!」
お見合い、ちゃんと断ったって言ったくせに。
胸の奥の震えが声に伝わってしまう。
私は乱暴に髪を後ろで結んで、手にクレンジング剤を出した。
そして顔に塗り付ける。
修に可愛いと言ってもらうために施したメイクは、みるみるオイルに馴染んで溶けていった。
ぬるま湯でバシャバシャ乳化させ完全に流してしまうと、ファンデーションの取れた肌に、よりハッキリメガネの跡が見える。
「美穂……」
鏡越しに、修と目が合った。
「修くんの嘘つき。私、全然性格直ってない」
自分を抑えられず、嫌な言い方をしてしまった。
だけど、今すぐ抱きしめて愛の言葉をくれたら、きっと治まる。
期待を込めて彼を見つめたが、修はフッと私から視線を逸らした。
鈍く、深く、重く、胸が痛む。
悲しい。
今すぐ抱き締めて。
愛の言葉を囁いて。
それだけで、私は救われる。
「俺、今から母さんに電話して、話をするよ」
修はそう言って去っていった。
この洗面所の扉から、内側に入ることさえしなかった。