専務が私を追ってくる!
「私、別れません」
そう呟くと、奥様が奥歯を噛み締める音が聞こえた。
「……が、彼に別れたいと言われたらそれに従います。彼の意思を、尊重します」
だって修が私を選ばなかったら意味がない。
修の辛い時期に長部さんをそばに置き、心が彼女に傾き始めたところで私に別れると言わせる。
私だけが傷つくシナリオを描いたのは、息子可愛さ故の姑心だろうか。
奥様と見つめ合ったまま、十数秒沈黙が続いた。
その合間に1階のバスターミナルからバスのクラクションが柔らかく聞こえた。
二人の呼吸がフッと揃った時、ついに静寂が破れる。
「……そう。確かに聞いたわよ」
奥様が立ち上がった。
コツコツと扉に向かって歩いていく。
「奥様」
私も立ち上がり、扉に手をかけようとしていた彼女を呼び止める。
「彼を守りたいのは私も同じです。私は秘書として、できることをします」
「頼もしいわね」
力なく微笑んだ奥様を、夕日が照らしている。
温かいオレンジ色の効果で、キツい顔の彼女が優しい母親に見えた。
「他の説得材料を探します。彼の解任を提案してきたのは、どなたですか?」
銀行か、鉄道会社か、自動車メーカーか、それとも個人資産家か。
彼らが東峰バスに求めるベネフィットはそれぞれだが、説得のヒントになるはずだ。
鉄道会社や自動車メーカーは人柄のいい社長がなんとかしてくれる。
銀行と個人資産家だって副社長がきっと——……
「北野副社長よ」