いと。
「……離せ。………おい。」
父の声なんかに耳は傾けない。
私はそのままズンズンと歩き続けた。
薫さんのお店から少しでもこの人を遠ざけたかった。
「聞いてるのか?おい。………愛(いと)。」
「……っ!その名前で呼ばないで!」
掴んでいたスーツを離し、全身で拒否するように叫ぶ。
周囲を歩く人々はみな一様に怪訝な表情を浮かべ、チラチラと視線を向けてきた。
「俺がつけた名だ。そう呼んで何が悪い。」
「………っ!」
この人には私の気持ちの何も伝わらない。
「……愛しいなんて思ったこと一度もないくせに、そんな風に呼ぶ権利がどこにあるの?
愛されない運命の子供がこの名前をどんなに呪ってきたかなんて…考えもしないでしょうね。」
「愛されないのは自業自得だろ?
お前には愛されない理由がある。」
「自業?それは自分の妻をちゃんと守りきれなかったあなたのことでしょ?
そのせいでお母さんだって壊れてしまった。
…もういい。もう二度と私に近づかないで。
薫さんの店にも二度と行かないで。」
これ以上話したくない。心が引き裂かれそうだった。
「愛!」
父がまだ何か言っているような気がしたけれど…もうその場にいることすら嫌だった。
全てから逃げたくて……走るように駅に向かった。