シャッターの向こう側。
「……面白いだろ?」

 ニヤニヤ笑う宇津木さん。


 ……うわぁ。


 開き直りですか?


「坂口さん!!」

「え。は、はい?」

 坂口さんはタルトを食べながら、慌てて顔を上げる。

「宇津木さんを叩いて下さい」

「ぇえ!? 何で俺が?」

「だって、私が叩いたら後が怖いじゃないですかっ!!」

「俺だって後が怖いよ」

「どういう意味だ?」

 低い声に、私と坂口さんは宇津木さんを見た。

 ええと……

「……宇津木さん、顔が怖いですよ~?」

 愛想笑いしながら呟くと、宇津木さんは目を細めて何かを言おうとした。


 けれど。

 聞こえて来たのは、ベートーベンの〝運命〟

 フロア全体の視線が宇津木さんに集中する。


「あ。悪い。ちょっと抜ける」

 そう言って、オフィスを出た後ろ姿を皆が見守った。


 ……ある意味セーフ?


「坂口さんはともかく……神崎さんて、けっこう勇気あるよね」

 ポツリと誰かが呟いて、フロアの皆が頷いた。

「そうですか?」

 キョトンとすると、荒木さんと坂口さん以外の皆が再度頷く。

「だってあの人、怖いもん」

「うん。細かいし」

「何考えてるか解んないし」

「こないだの海外のコンクールでも、また入賞したんでしょ?」

 口々に出て来る話に、思わず坂口さんを見た。

「宇津木さんは怖いかも知れないけど、敬遠する程に怖くないですよね?」

 そりゃ、たま~にムッとするけど。

「あ~……うん。神崎ちゃんはそうかもしれないねぇ」

 坂口さんは苦笑して肩を竦める。

 だいたい、宇津木さんてまだ27でしょ?

 それなのに、後輩はともかく先輩まで宇津木さんを敬遠するのはいかがなものかと思うけど。

「だって、宇津木さんて、会長の孫でしょう?」

 その言葉に目を丸くした。

 会長って、会長?

「おいおい、皆、そんな事を上司の前で持ち出さなくてもいいじゃないか」

 荒木さんが苦笑して、柔和な笑顔で皆を見渡す。


 ……なんとも、居心地の悪い雰囲気になってきた。


 でも、これでやっと、宇津木さんがこの会社にいるのか納得できた。
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