御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
早朝から遅くまで働くベーカリーの仕事は厳しかったけれど、それぞれの場所で頑張っている家族のことを考えれば、辛いとは思わなかった。
何より、真弓さんやご主人の手で魔法のように作り出される美味しいパンを、お客さんたちが笑顔で買ってくれるのが嬉しかったのだ。
誰かの笑顔のために働くことは、とても楽しいことだった。
今まで知らなかった世界を知り、仕事にやりがいも感じられた。
いつか私も、こんな風に来る人を癒せる空間を作りたい。
そんな淡い夢を思い描いていたけれど……。
だけど私に希望を与えてくれた場所も、もうないんだ。
急に寒々しい空気が流れてきたような気がした。
十月の夜の空気は、やがてやってくる冬の気配を含んで、ひっそり外から忍び込んでくる。
この部屋、冬になったらどれほど寒いんだろう。さすが築四十年、あちらこちらから隙間風が吹き込んでくることには気づいていたけれど。
暖房器具を買うお金を貯めなくちゃ。……でも一体いくらくらいするものなんだろう?
心細さに胸を占領されそうになり、私は慌てていつもの宝物を取り出した。