御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
だけどもう後戻りはできなかった。
メール室の面接は可憐さんが断ってしまっただろうし、第一、可憐さんのお腹にいる赤ちゃんの運命がかっているのだ。
とにかく話をしなくては。
私は覚悟を決めて顔を上げた。
けれど次の瞬間、頭の中が真っ白になって、私は石のように固まる。
「あれ……君は……」
聞き覚えのある甘やかなテノールは心をくすぐるように耳の届き、あの日見た夢のような光景がよみがえる。
「きっとまた会えるとは思っていたけど……。どうして君がここへ?」
日差しの中で、金色に光るさらさらとした髪。
美しいとさえ思える端正な顔立ちをいっそう印象的にする透き通った瞳が、私を見つめながら困惑に揺れた。
「話は分かりました。それで、あなたは一体僕にどうしろと?」
憧れの人に再会できた緊張から、最初は支離滅裂な説明しかできなった私だけれど、彼の巧みな誘導によって何とか話の概要を伝えることができた。
ずいぶん長い間喋っていた気がして、私はすっかり冷めてしまった紅茶をひと息に飲み干す。
「あの、だからですね、三か月間、私があなたの秘書として……」
「あなたのおっしゃる理屈は理解しました。でも、そのプランに乗ると仮定して、僕があなた方の片棒を担ぐメリットはなんですか?」