御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
「……そんなことより、今は京極家のお嬢さんの話です。……全く、こんなことを考えるなんて、本当に困ったお嬢さんだ」
小さなため息をつき、彼は私たちがさっきトイレで書いた誓約書を、長い指でひらひらとさせる。
「この『私、京極可憐は西条怜人の秘書兼婚約者を葉山理咲に三か月の間委託します』って、意味が分かりません。僕が了承する前に、なぜ委託なんてできるですか。……僕は婚約することも秘書にすることも了承していません。しかもふたりそろって、簡単に拇印なんて押して……。これは口紅?やっていることの重大さをもう少し自覚しなさい」
「でもそうでもしないと、可憐さんのお腹の赤ちゃんが危険なんです!」
大声を出してしまった私に、少し驚いた顔をした彼が『静かに』と目で促す。
あまり公けにはできない話題だったことに気づき、あわてて手で口を押えた。
「彼女の状況は確かに大変だとは思いますが、その件については、僕には何の関係もありません」
想像していたようには簡単にいかない交渉に、動揺のあまり頭の動きが鈍くなる。
このままじゃ、可憐さんも赤ちゃんも無事ではいられない……。