御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
しどろもどろに答える私に、怜人さまは悪戯な視線を向ける。
「僕が好きなのは……。母が日本人だったから、和食も好きですよ。小さな頃はよく食べていたし。卵焼きとかタコの形をしたウインナーとか、おにぎりとか。最後に食べたのは、もうずいぶん前のことですけど」
タコさんウインナーが和食だなんて。怜人さまのかわいらしい勘違いに、やはりこの人は外国の人なのだと実感する。
「ご両親はイギリスにお住まいなんですか?外国では、日本食の食材は手に入りにくいかもしれませんね」
「いえ、そういう問題ではなくて、作る人がいないんです。母は、僕が十歳にもならない頃に亡くなってしまったので」
そう怜人さまがなんでもないように言ったので、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「あ、あの……」
途端に頭の中に浮かんだのは、小さなお弁当箱だ。
卵焼き。おにぎり。タコさんウインナー。
怜人さまのお母さんが、まだ幼い怜人さまのために作ったお弁当が、怜人さまにとっての和食。
「理咲?」
赤信号で停まったタイミングで、怜人さまがうつむいた私の顔を覗き込んだのが分かった。大きな手で前髪を掻き上げられると、ちょっと潤んでしまった目が怜人さまと合った。ハッと息をのんだ怜人さまが頬に触れようとした瞬間、信号が変わる。
再び動きだした車内に流れた沈黙を、怜人さまの優しい声が遮る。
「理咲はなにが好きなんですか?」
涙をこぼしてしまわないように気を付けながら、私はわざと明るい声で答える。
「なんでも好きですよ。お寿司も好きだし、だけど今日はイタリアンの気分です」
「了解しました。じゃあ、以前ハリーに連れて行ってもらった店に行きましょう」
そう言って、怜人さまは軽快に車を走らせた。