デジタルな君にアナログな刻を
「ただいま」

辛うじて聞こえた充の声に反応し玄関へ向かう。もちろん帰宅をねぎらうためではない。

「遅かったじゃない。なにをしてたの?」

「バイト。まだ8時だろ?今時、小学生だって塾だなんだでもっと遅いよ」

脱ぎ散らかされた靴を揃え、もっさりしたダウンジャケットを脱ぎながら中へ進む弟を捕まえた。
手にしたジャケットを引っ張られ足を止めた充が、わざと大きな音を立てて食卓の上にバッグを置き、鬱陶しそうに振り返る。

「なんだよ」

「本当にバイトだったの?お母さんも心配してるんだからね。この前の外泊だって、本当は……」

問い詰めようとするわたしの視界が、投げつけられたジャケットに覆われた。頭から被ってしまったそれを取り除き、口をへの字に曲げた充の不機嫌な顔と対峙する。

「なにすんのっ」

「うるさいな。小姑かよ。もうガキじゃないんだから、そんなこといちいち話さなくてもいいだろうがっ!?」

「まだ大学生でしょう!十分子どもじゃない」

「自分だって、ついこの前まではそうだったくせに」

「わたしは充の将来を心配して……。って、どこ行くの!?」

わたしの真横を通り抜け、たった今入ってきたばかりの玄関から出て行く充の後を追い、自分もスニーカーを引っかけた。
閉まりかけていたドアを押し返し、再び開けて外に出た途端、真冬の夜の冷気が身を包む。温度差に耐えきれず、抱えたままでいた充のジャケットに袖を通しながら、蛍光灯の明かりに照らされた階段を駆け下りる。
狭い階段室には、わたしと彼のふたり分の足音が響いていた。

1階に着いても充の足は止まらず、市営住宅の棟が並び建つ敷地内をずんずんと大股で歩いて行く。息を切らして追いかけている彼の背中が、わたしの記憶にあるものよりずいぶんと広くみえた。

「どこ行くの!?待ちなさい。……充!み・つ・るってば!!」

どうしても追いつけなくて弟の名を連呼すれば、その声は周囲の建物にこだまする。何事かと思ったのか、どこかの棟の窓が開く音がした。

「……人の名前を大声で叫ぶとか。止めろよな」

やっと立ち止まって、恥ずかしそうに辺りを見回す充に近寄る。息も絶え絶えのわたしに対し、余裕綽々なヤツが恨めしい。
膝に手を置き息を整えるわたしを見下ろし、充は顎をしゃくった。

「一緒に来て」

さっきよりはいくらか歩調を緩め、再び歩き始めてしまう。それに小走りでついていくと、彼は人気のない自転車置き場までやってきた。
「こっち」と屋根の途切れる一番端まで誘導され、「はい」と一度ジーンズのポケットに入れた右手を突き出す。首をひねりながら左手を出せば、鈴の音と一緒に小さな鍵が掌に落ちてきた。

「それの鍵」

充が顎で示したのは、駐輪場からはじき出されたように置かれている真新しい、白いフレームと籐風の前カゴがオシャレな電動アシスト自転車だった。
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