デジタルな君にアナログな刻を
街頭の明かりを頼りに近付き茶色のサドルを撫でた手で、ハンドルについているスイッチを適当に押してみる。ぱっと明るいランプが点灯してびっくりした。

「どうしたの、これ」

「買ったに決まってるだろう。遅くなっちゃったけど就職祝い。姉ちゃんの自転車、かなりヤバいから」

充は憐れみを帯びた視線を、ちらりと駐輪場に並ぶ自転車の列に送る。中学の時から通学通勤に使ってる母のお下がりの愛車は、赤い塗装が剥げかけていているし、何回か転倒した際にひしゃげた前カゴは歪んだままだ。だけど途中でタイヤも交換しているしまだ乗れる、と思う。ブレーキの音がうるさいけれど。

それに……。

「登録は?勝手に置いたら怒られるよ。それに、カゴの中にこんなの置きっ放しにしてたら盗まれちゃう」

前カゴからやけに重たいビニール袋を取り出す。口を開けて覗き込んだら、取扱説明書とか充電器とか、U字ロックなどが入っていた。

「すぐ姉ちゃんに見せようと思ってたから、そのままにしちゃっただけだよ。なのに、帰った途端ガミガミと言い出すから……」

セーターの腕を組んで口をとがらせた充に、思わず首を縮めた。どうもすみません。

「でも駐輪場の利用登録はまだでしょう?古い自転車も処分しないと」

上目遣いで正論を説くと、今度は大袈裟にため息をつかれる。充のくせに生意気な。

「わかったよ。ったく面倒くせーな。明日にでもすればいいんだろっ!年末で受け付けてくれるかわかんないけどさっ!!」

苛立たしげに言い放ち、充は首を左右に傾けてコキコキと鳴らした。

「姉ちゃんさ、そんなんで疲れない?」

「え?」

やけに余裕ぶった口調で言われ、怪訝に眉をしかめて4歳下の弟をみつめる。どういうこと?

「なんでもキッチリやるのが悪いとは言わないけど、たまには適当に手を抜いたりして『遊び』の部分を作った方が生きやすくない?」

「……適当?」

オウム返しに答えたわたしに、充は神妙な顔をして大きく頷いた。

「そんなギチギチな考えに縛られてたら、いつか倒れそう。まだ23なんだし、もう少し自分にも他人にも甘くてもいいんじゃないの。でないと、万が一彼氏ができたって「息が詰まる」って逃げらるよ」

わたしのお小言に苦笑する店長が脳裏をよぎり、ギュッと握った左手の中で鈴が鈍い音を立て抗議する。

「そう、だね」

「姉ちゃん?」

唇を噛んで俯けた顔を不審げに充が覗いてきたので、慌てて笑顔を取り繕った。
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