デジタルな君にアナログな刻を
「自転車ありがとう。大切に乗る。これを買うためにバイトが忙しかったんだね。うるさく言ってごめん。もしかしてイブの日も、深夜のシフトを入れていたとかだった?」
年を取るとゲスな勘ぐりばかりしていけない。姉のためにバイトを頑張っていた弟に申し訳ない気持ちを募らせるわたしから、彼は目を逸らして泳がせる。
「あ、いや。それは……」
咄嗟の嘘がつけないところは昔のままらしい。充は気まずげに言い淀む。
「もしかして、もしかするの?本当に?」
訊いておきながら、寒空の下でも自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
だって、あの充だよ!?小5までサンタを信じていて、中1になるまでひとり部屋で寝られなかったあの充が、彼女とイブの夜を……。
でも、でもね。姉としてこれだけは言わずにいられない。
「だけどやっぱり、無断外泊はダメだと思う」
すると充は彷徨わせていた視線をわたしに定め、眉根を寄せる。眉間に深く刻まれたシワが、彼の表情をぐっと大人びたものに変えた。
「そりゃあ、姉ちゃんとの年の差はどう足掻いても縮められない。けどオレだって、もう独りで留守番もできないガキじゃないんだ。自分のすることには、ちゃんと自分で責任をもつ。いつまでも子ども扱いしないで」
「そんなのわかってる。でも……」
ふとこのやりとりに既視感を覚え、意識が一瞬混乱する。そこへ充の言葉が雪崩れ込んできた。
「姉ちゃんには、一緒にいると時間を忘れちゃうような人が今までいなかった?一分一秒でも長く傍にいたいと思った人も?」
真っ白になった頭の中に現れたのは、たったひとりの人の顔。目を瞑っても、頭をぶるぶると振っても、それは消えてくれなくて。
「そんなの……いるよ。だけど、そんなに簡単なものじゃないでしょう?」
「どうして?」
心底不思議そうに訊き返されてしまって困惑する。どうしてって。
「姉ちゃんのことだから、どうせ一歩も二歩も先まで妄想して、鉄筋コンクリート製の橋でも叩くだけ叩いたくせに、それでも渡るのを止めようとしたりしてるんじゃないの?」
ふん、と小バカにしたように鼻を鳴らされ、納得いかずに腹を立てる。
妄想はしたけど、橋はまだ叩いてもいない。
そう反論しようとして気がついた。わたしが知っている店長なんてほんの一部。すべては一方的な想像であって、確かなことはなんにも彼から訊いていないのだ。
「なにぐだぐだ考えてるのか知らないけど、問題なんてぶち当たってから解決してもいいんじゃね?」
ホント、無責任。いったいどこの誰に似たんだか、考えるだけでムカつく。だけど今日は、今だけは、そのいい加減さに乗っからせてもらおう。
鍵の跡が付くほど握りしめていた掌を開く。キーホルダーについた小さな鈴がチリンと鳴った。
今の時代、白馬に乗って駆け付けるのは、王子様だけとは限らない。そう、教えてもらったから。
自転車の鍵を解除して、真っ白な車体に清々しい気分で跨がる。
「わかった。橋にぶつかってくる。なにがあっても、自分で責任を取るからっ!」
「はっ?今から!?って、オレのダウン――」
軽いペダルをこぐ度に、叫ぶ充の声がどんどん遠のいていく。
明るいライトが照らす夜道を、タイムズガーデンビルに向け急いだ。
年を取るとゲスな勘ぐりばかりしていけない。姉のためにバイトを頑張っていた弟に申し訳ない気持ちを募らせるわたしから、彼は目を逸らして泳がせる。
「あ、いや。それは……」
咄嗟の嘘がつけないところは昔のままらしい。充は気まずげに言い淀む。
「もしかして、もしかするの?本当に?」
訊いておきながら、寒空の下でも自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
だって、あの充だよ!?小5までサンタを信じていて、中1になるまでひとり部屋で寝られなかったあの充が、彼女とイブの夜を……。
でも、でもね。姉としてこれだけは言わずにいられない。
「だけどやっぱり、無断外泊はダメだと思う」
すると充は彷徨わせていた視線をわたしに定め、眉根を寄せる。眉間に深く刻まれたシワが、彼の表情をぐっと大人びたものに変えた。
「そりゃあ、姉ちゃんとの年の差はどう足掻いても縮められない。けどオレだって、もう独りで留守番もできないガキじゃないんだ。自分のすることには、ちゃんと自分で責任をもつ。いつまでも子ども扱いしないで」
「そんなのわかってる。でも……」
ふとこのやりとりに既視感を覚え、意識が一瞬混乱する。そこへ充の言葉が雪崩れ込んできた。
「姉ちゃんには、一緒にいると時間を忘れちゃうような人が今までいなかった?一分一秒でも長く傍にいたいと思った人も?」
真っ白になった頭の中に現れたのは、たったひとりの人の顔。目を瞑っても、頭をぶるぶると振っても、それは消えてくれなくて。
「そんなの……いるよ。だけど、そんなに簡単なものじゃないでしょう?」
「どうして?」
心底不思議そうに訊き返されてしまって困惑する。どうしてって。
「姉ちゃんのことだから、どうせ一歩も二歩も先まで妄想して、鉄筋コンクリート製の橋でも叩くだけ叩いたくせに、それでも渡るのを止めようとしたりしてるんじゃないの?」
ふん、と小バカにしたように鼻を鳴らされ、納得いかずに腹を立てる。
妄想はしたけど、橋はまだ叩いてもいない。
そう反論しようとして気がついた。わたしが知っている店長なんてほんの一部。すべては一方的な想像であって、確かなことはなんにも彼から訊いていないのだ。
「なにぐだぐだ考えてるのか知らないけど、問題なんてぶち当たってから解決してもいいんじゃね?」
ホント、無責任。いったいどこの誰に似たんだか、考えるだけでムカつく。だけど今日は、今だけは、そのいい加減さに乗っからせてもらおう。
鍵の跡が付くほど握りしめていた掌を開く。キーホルダーについた小さな鈴がチリンと鳴った。
今の時代、白馬に乗って駆け付けるのは、王子様だけとは限らない。そう、教えてもらったから。
自転車の鍵を解除して、真っ白な車体に清々しい気分で跨がる。
「わかった。橋にぶつかってくる。なにがあっても、自分で責任を取るからっ!」
「はっ?今から!?って、オレのダウン――」
軽いペダルをこぐ度に、叫ぶ充の声がどんどん遠のいていく。
明るいライトが照らす夜道を、タイムズガーデンビルに向け急いだ。