デジタルな君にアナログな刻を
シャッターが上がる音で気がついたのか、車の助手席から降りてきた人が後部座席のドアを開ける。この前と同じようにゆっくりと姿を現した鶯色の和服を来た老人は、その一部始終を見守っていたわたしに気づくと、大袈裟に鼻を鳴らした。
「遅い!」
「す、すみません。お待たせしました」
ビクッと首を竦め、慌てて頭を下げる。だけどよく考えてみればおかしな話だ。開店時間より早く来たのはそっちなのに。腑に落ちない想いを抱えながらも道を空けると、その人は悠然と入店した。
「おはようございます。顕義(あきよし)おじさん」
出迎えた店長がかけた言葉に驚く。お、おじさん?
その、顕義さんは「うむ」と曖昧な返事をして、まだ薦められもしていないソファーに腰を下ろした。
店長の目配せでお茶を淹れに裏へ引っ込んだけれど、気になって仕方がない。緑茶の用意をしつつ、開けたままのドアから聞こえてくる会話に耳をそばだてていた。
あの年代になると、耳が遠くなってくるせいか、得てして話し声が大きくなる。そして、相手をする方もそれに合わせなければならないのは、この時計店に来店する常連さんで経験済。案の定、ふたりの声はここまで余裕で届いてきた。
「すっかり寒くなりましたけど、皆さんお変わりなく?」
「……ああ。百音(もね)が、お前は次、いつ来るんだとうるさいくらいだ」
モ、モネ?誰だろう。なぜだか、初めて聞く名前に胸がざわつき、手元が狂う。急須の口が茶碗から外れ零してしまったお茶を、布巾で拭った。
「正月には、また父たちと一緒に伺いますよ。……それで、笑美子おばさんは?」
少しだけ抑えられた店長の声。顕義さんの声も心なしかトーンが下がる。
「まあ、落ち着いてはいる。とりあえず、三が日くらいまでなら一時退院の許可をもらうとこができた」
「それはよかったです。両親も心配していましたから」
「正月は顔見せくらいならできるだろう。もちろん、無理はさせられないがな」
ふたりの声音から安堵のようなものが感じられた。おばさんということは、顕義さんの奥さんかな。盗み聞きした内容から察するに体調が良くないのだろう。
「それでだ。これから、あれを迎えに行かねばならん。例の物は用意できたのだろうな」
急に大きくなった顕義さん声と、『例の物』という言葉に肩が跳ねた。お盆を持つ前でよかった。
深呼吸して心臓を落ち着かせてから、そろりそろりとお茶を運ぶ。
「ありがとう、円ちゃん」
お盆を手に店内に戻ったわたしに、店長が声をかけた。その彼の手にもトレーがあり、さらにその上にはなにかを包んだクリーム色をしたセーム革製のクロスがのっている。わたしがお茶をテーブルに置き終わるのを待って、店長は再びソファーに座った。
「円ちゃんもここにいて」
一礼して下がろうとしたわたしを呼び止める。目線で自分の隣に座るように促されたので、一も二もなく従った。これから真相が分るというなら、望むところだ。
わたしがお盆を膝の上に乗せて座ったのを確認してから、店長はおもむろにクロスを広げた。
「遅い!」
「す、すみません。お待たせしました」
ビクッと首を竦め、慌てて頭を下げる。だけどよく考えてみればおかしな話だ。開店時間より早く来たのはそっちなのに。腑に落ちない想いを抱えながらも道を空けると、その人は悠然と入店した。
「おはようございます。顕義(あきよし)おじさん」
出迎えた店長がかけた言葉に驚く。お、おじさん?
その、顕義さんは「うむ」と曖昧な返事をして、まだ薦められもしていないソファーに腰を下ろした。
店長の目配せでお茶を淹れに裏へ引っ込んだけれど、気になって仕方がない。緑茶の用意をしつつ、開けたままのドアから聞こえてくる会話に耳をそばだてていた。
あの年代になると、耳が遠くなってくるせいか、得てして話し声が大きくなる。そして、相手をする方もそれに合わせなければならないのは、この時計店に来店する常連さんで経験済。案の定、ふたりの声はここまで余裕で届いてきた。
「すっかり寒くなりましたけど、皆さんお変わりなく?」
「……ああ。百音(もね)が、お前は次、いつ来るんだとうるさいくらいだ」
モ、モネ?誰だろう。なぜだか、初めて聞く名前に胸がざわつき、手元が狂う。急須の口が茶碗から外れ零してしまったお茶を、布巾で拭った。
「正月には、また父たちと一緒に伺いますよ。……それで、笑美子おばさんは?」
少しだけ抑えられた店長の声。顕義さんの声も心なしかトーンが下がる。
「まあ、落ち着いてはいる。とりあえず、三が日くらいまでなら一時退院の許可をもらうとこができた」
「それはよかったです。両親も心配していましたから」
「正月は顔見せくらいならできるだろう。もちろん、無理はさせられないがな」
ふたりの声音から安堵のようなものが感じられた。おばさんということは、顕義さんの奥さんかな。盗み聞きした内容から察するに体調が良くないのだろう。
「それでだ。これから、あれを迎えに行かねばならん。例の物は用意できたのだろうな」
急に大きくなった顕義さん声と、『例の物』という言葉に肩が跳ねた。お盆を持つ前でよかった。
深呼吸して心臓を落ち着かせてから、そろりそろりとお茶を運ぶ。
「ありがとう、円ちゃん」
お盆を手に店内に戻ったわたしに、店長が声をかけた。その彼の手にもトレーがあり、さらにその上にはなにかを包んだクリーム色をしたセーム革製のクロスがのっている。わたしがお茶をテーブルに置き終わるのを待って、店長は再びソファーに座った。
「円ちゃんもここにいて」
一礼して下がろうとしたわたしを呼び止める。目線で自分の隣に座るように促されたので、一も二もなく従った。これから真相が分るというなら、望むところだ。
わたしがお盆を膝の上に乗せて座ったのを確認してから、店長はおもむろにクロスを広げた。