デジタルな君にアナログな刻を
唐突に、目の前に牛の絵柄の紙袋が現れた。

「あとこれ、持って帰って。今朝は半分寝惚けてたから、渡すの忘れてた」

今朝!そうだ。わたしはしっかり起きていて、唇はキスの感触を覚えている。やっぱりあれは夢なんかじゃない。
火照り始めた顔を隠すために俯け、渡された紙袋の中身を確認するふりでごまかしていた。

「お土産。さすがに牛は連れて帰ってこられなかったけど」

そんなの連れて来られても困ります。袋の中を覗くとレトルトの神戸牛カレー。ちゃんと甘口だ!

「ありがとうございます」

現金なわたしは、自分でも呆れるくらいな早さで機嫌が戻る。お正月、おせちに飽きたらこのカレーを食べよう。

「それと、近いうちに円ちゃんのお母さんにご挨拶に伺いたいから、都合がつく日を教えてもらえるかな?」

パッケージの『やわらか神戸牛がゴッロゴロ』という文字に、胸を高鳴らせていたわたしの思考が固まった。頭を持ち上げた時、ギギギと音がしたかもしれない。

「なんで?」

「だから、結婚のご挨拶」

いやでも、来年早々から入学の準備をしなくちゃいけないし、順調にいけば春からは通学が始まる。
第一、まだ交際一日ですけど!?

「もちろん今すぐってわけにはかないだろうから、円ちゃんの方が落ち着いてからになると思うけど」

「だ、だったら、そんなに急がなくても……」

店長とのお付き合いを始めるということは、帰ってからきちんと母に言うつもりでいた。だけどそれがいきなり結婚となると、さすがに躊躇ってしまう。

「どうして?本当は、昨日円ちゃんに外泊させてしまったこともちゃんと謝りたいから、これから一緒に行きたいくらいなんだよ」

それはもっと困ります。わたしにも母にも、どうか心の準備をする猶予をください。

「……わかりました。今夜、話してみます」


その結果。
自宅に冷蔵便で届いた、特撰すき焼き用神戸牛に舞い上がった母親と、顕義さんから連絡がいき帰省の予定を繰り上げて戻ってきた店長の両親によって、わたしはこれまでの人生で一番目まぐるしい年末年始を迎えることとなったのだった。

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