デジタルな君にアナログな刻を
ゴールドのケースの懐中時計が、桐箱の中に収められていたのだ。恐る恐る箱から取り出すと、お揃いのチェーンがしゃらりと音を立ててついてくる。

細いリーフ型の時針と分針。秒針は髪の毛のように極細だ。それはたぶん、文字盤を邪魔しないためで。

直径5センチにも満たない漆黒の小さな円の中に描かれていたのは、四季の移ろい。桜の花びらが舞い、淡い光を発しながら蛍が飛ぶ。桔梗の花に、紅に染まる楓の葉。そして真っ白な雪の結晶と、一粒の輝く宝石が12時の位置を示す。それが、この時計にある唯一のインデックスだった。

季節の移り変わりが表現された文字盤の上を、三本の針が控えめに、だけど確かに回り、時は絶え間なく進んでいることを教えてくれる。

ひっくり返した裏蓋部分はスケルトンで、ムーブメントの精巧な造りがよくわかるようになっていた。そこに耳を当てれば、コチコチと規則正しい音が鼓膜まで伝わる。

ぱっと見たところ、ケースなどに小傷がないことからアンティークではないだろう。

「さすがにフルオーダーは無理だったけど、ダイヤルだけは特注で作ってもらったんだ」

わたしの驚く顔に満足したのか、店長は満面の笑みで得意げに教えてくれた。両手で卵を持つようにそっと時計を包んだわたしの手を、彼の大きな手がさらに覆う。

「この時計がアンティークになるくらいまで、僕と一緒にいて欲しい。時間や日にちなんていう単位でなく、幾度となく季節が流れていく刻を、これからもずっと、共に過ごしてくれますか?」

それは、聞き間違いようのないプロポーズ。

いまさらなのに。答えはたったひとつしかないのに。
手の中で、時計の音とわたしと彼の脈打つ音がひとつになった気がした。

「はい。ずっとずっと一緒にいます」

震えてしまった声を紡いだ口が、少し乾いた唇と重なる。

優しい余韻を残して離れていった店長の口が緩やかな弧を描き、両手を広げ大好きな低い声でわたしを呼ぶ。



「円ちゃん、おいで」




  ―― 完 ――







最後までお読みくださりありがとうございました。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、地名などにはいっさい関係がございません。

2017/01/16


木下瞳子さま著『こい』の番外編 『デジタルの声とアナログな熱を君に』に、薗部時計店がお邪魔させてもらっています!
しっとりとじんわりと心が暖かくなるとても素敵なお話です。本編と合わせてぜひ!
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