デジタルな君にアナログな刻を
おじさんは目の前に出された湯呑み茶碗を一瞥して、口を付ける前から眉をしかめる。文句を言うなら飲まなければいい、なんて子どもじみたことを思う。

「笑美子おばさん、退院できそうなんですか?」

「……まあ、検査の結果次第だが」

眉間にシワを寄せたまま一口お茶を飲み、袂からハンカチにくるまれた婦人物の腕時計を出した。

「これはたしか……」

見覚えのある時計をハンカチごと持ち上げる。顕義さん夫婦が五十年近く前に、新婚旅行先のヨーロッパで買ったというものだ。

祖父さんが定期的にオーバーホールをしていたが、笑美子さんがとても大切にしていると聞いていた。
その時計が今はぴくりとも針が動いていない。キズミで確認するまでもなく、風防に薄く亀裂が入っているのがわかった。

「手を滑らせて落としてしまったらしい。……直せるか?」

「僕には無理です。けど……」

「やっぱりな」

言い終わらないうちに盛大な舌打ちをされてしまう。きっと続く言葉はいつものものだ。

「これくらいも直せないのに、儲かりもしない時計屋なんぞ開けていても仕方がなかろう」

「これくらいって言いますけど、古いものですし、日本中探してもきちんと修理できる人がどれくらいいるか、っていうレベルですよ?」

裏蓋を開けてみないとわからないが、たぶんそこからの直しが必要となるはず。

「時計は時計ではないか。できんのなら、さっさと店をたたんでウチを手伝え」

祖父が薗部の家を出てから跡を継いだ弟は、先祖代々受け継がれてきた土地と人脈を最大限に有効活用して建設会社を立ち上げ、不動産業にも進出していった。
先見の明と商才があった人らしく、会社は順調に成長を遂げ、いまでは土地開発事業にまで手を広げている。

心の底から祖父さんが継がなくて正解だと思っているのだが、本家の人たちはなぜか長男だった祖父さんの血を本家に戻したいらしい。

僕が大学を卒業する前から自分の会社に入れたがり、果ては――。
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