デジタルな君にアナログな刻を
あの日はしとしとと降り続く雨のせいか、いつもに輪をかけて暇だった。

カウンターに頬杖をついて店内の時計を見渡せば、それぞれがみんな同じ時間を示している。当然のことなのだけれど、なんとなくおかしくなって口元が緩む。

腕時計に掛け時計、目覚まし時計やからくり時計。文字盤も針の形もてんでバラバラ。それなのに刻む時間は、一分は一分、一時間は一時間だ。
こうしてぼうっと過ごす一日も、数字に追われ心身共にくたくたになり、あっという間に終わっていた一日も、同じ二十四時間。
そうなると、時間なんてものは自分の使い方次第なのだと、つくづく思う。


昨夜もまた祖父さんが遺した時計のメンテナンスを始めたら、案の定夜明け近くまでかかっても終わらせることができなかった。

眠気の残る頭で店に立っても、誰も咎める人がいないという気楽さ。忙しなく歩く外の人たちには若干の罪悪感があるが、今はまだ再びあの流れに戻る気にはなれない。

ようやく手に入れた自分に最適なペースを、誰にも邪魔されたくはないと思っていた。

だがその居心地好い空気を、電話の呼び出し音が壊す。

仕事関係の業務連絡はほとんどがメールやファックスで済ますから、商店街関係の人だろうか。ほんの少し警戒しながら受話器を取ると、知り合いの時計修理技能士からだった。

その内容は、知り合いの知り合いが例の時計の修理を引き受けられるかもしれないという吉報で、連絡先を教えてもらい電話を切った途端、思わず出た安堵のため息。忙しい人なので断られるかも、という不安要素付きながらも、大きく前進だ。

先方は神戸在住を気にしていたけれど、最終手段は海外か?と考えていたくらいなので、それを思えばずっと近い。
早速連絡を取り、近々時計を持って訪ねてみよう。ついでに時計談議なんかもできたら最高だ。

そうだ!その人に余裕があったら、あの振り子時計のことも相談してみようか。

壁に掛けてある、動かなくなってすでに数年が経ってしまった時計に目をやる。部品を手作りする必要があり、父が退職して時間ができたらゆっくり取り掛かるつもりでいたらしいのだけれど、結局それもできないままになっていた。

前の店舗を開業した時からあった時計。いったい何人の人たちが、あれの前を通り過ぎ時刻を確かめていったのだろうか。
あの時計店があった当時を思い出して、何気なく向けたショーウィンドウに目が釘付けになった。

もしかして、あの子……?

子ども向けのからくり時計がちょうど午後3時を告げている。それを熱心に見入っている眉間に寄せられたシワと、ちょっと広めのおでこはきっと、そうだ。

最後に見かけたのは制服姿だったけど、あれから過ぎた時間の分だけ大人びた彼女は、相変わらず切羽詰まったように踊り廻る人形を凝視していた。

再び時計に関心を向けてもらえたという喜び以上に、前にも増して余裕のない表情が気にかかる。
まだ若い彼女が、いったいなにに追われているのだろう。

最初はただの好奇心。
自分はそこから抜け出せたという、おこがましい優越感もあったのかもしれない。

高校生の時はさすがに声をかけるのが躊躇われたけれど、今は商品という大義名分がある。

ほんの少しでも構わない。ゆとりのある刻を過ごせるようになれたら。
いまこの瞬間しかない自分の『刻』を楽しんでもらえるなら、と。

そう思ったら、深く考えるより先に自動ドアを越えて、雨の中に飛び出していた。

そのはずだったのにーー。

誰かとひとつの空間を共有する刻の豊かさを教えてもらったのは、僕の方だった。

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