デジタルな君にアナログな刻を
*

店長の曾お祖父さんから受け継がれているという少しくすんだシルバーの懐中時計。シンプルなローマ数字でインデックスされた白い文字板の上を、針の先っぽに輪っかみたいのがついているブレゲ型の時針と分針がゆっくりと時を刻む間、6時の位置にある小さな円の中で細い秒針は忙しなく回り続ける。

その時計が示す時間とわたしの腕にある時計のデジタル数字と見比べて、思わず首を傾げてしまった。だってこれ……。

『遅れてますよ、3分20秒くらい』

『そう? 手巻きだからしょうがないんだよね。つい忘れちゃって』

竜頭を摘まんでじりじりと指先で巻く姿に、わたしは目をぱちくりさせる。

『電池じゃないんですか?』

恥ずかしいことにその時はまだ知らなかった。電池や電気、ソーラー以外で動く時計があるなんて。

*

とにもかくにもそれ以来、毎朝のネクタイ結びと時刻合わせが日課となってしまっていた。

よし、完璧! わたしが満足げに店長から離れた途端、彼はネクタイの結び目に指をかけて緩めてしまう。

辛口に評価しても良い方の部類に入る甘やかな顔。一度も染めたことがないというのに、日に透けると柔らかな茶色になる少し癖のある長めの髪。
どちらもちゃんと整えてから店先に立てば売り上げに貢献できそうなのに、緩んでしまったネクタイ同様、ちょっとずつどこかがズレている。

それは眠そうな目元だったり、それを隠す鬱陶しい前髪だったり。なによりも、全身から醸し出されているやる気のみられない気怠げな雰囲気が、わたしにため息をつかせていた。

開店を迎えても、さっきの店長の言葉通りにお客様がやってくる気配はこれっぽっちもない。
駅のロータリーに面した15階建てビルの1階部分にあるテナントだから、店内からでもショーウィンドウ越しに表が見える。朝の通勤通学のピークはとっくに過ぎていてもそれなりの人通りがあるのに、店の前で立ち止まる人すらいなかった。

まあ、ショーウィンドウを覗いたところで、特別目を引くような展示品はないのだけれど。

店主にやる気がないからなのか、お客様が来ないからやる気がなくなったのかはわからない。だけど、この時計店が閑古鳥の巣窟になっていることは間違いなかった。
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