デジタルな君にアナログな刻を
ふう、と息を吐く音が聞こえ、わたしは無意識のうちにクロスを握りしめていた手の力を緩めた。

「間に合ったかな?」

手垢で汚れていたベルトを拭いて綺麗にし、店内の時計と依頼品の時刻を合わせながら確認すると、午後2時48分。ギリギリセーフ。わたしは受け取った腕時計を袋に入れて店を出る。先にお代は頂いているので、品物を渡すだけだ。

エントランスのインターフォンで加納様の部屋を呼び出そうとすると、ちょうど降りてきたエレベーターに依頼主の加納様が乗っていた。わたしに気づいてくれたので頭を下げる。

「お待たせしてすみません。電池の交換が終わったので、お持ちしようとしていたんです」

「わざわざ?後で取りに行こうと思っていたのに。でも、入れ違いにならなくて良かった」

再び動き始めた時計を受け取り、加納様はお迎えに出て行った。


ショーウィンドウに並べる商品を入れ替えていたら、ロータリーをパステルカラーの幼稚園バスが回っていくのが見えた。それを見送ってしばらくすると、窓の向こう側を母子が通り過ぎる。加納さん親子だった。

中にいるわたしに気がついたのか、黄色いカバンを下げた男の子が手を振ってくれる。
その細い腕にはしっかりあの時計が着けられていて、なんだか無性に嬉しくなった。

ほっこり暖かくなった気分で、新しいからくり時計を箱から取り出す。例のおやゆび姫の時計は、「お姫様好きの孫の誕生日プレゼントにしたい」と奇跡的に売れてしまったのだ。店長は、現品限りなので値引きをしてあげていた。

その替わりに取り寄せたのは、同じシリーズで『不思議の国のアリス』の時計。アリスは童話?という疑問は残るけれど、カタログには他に、パッカリ割れた大きな桃から『桃太郎』が飛び出すものや、竹筒にライトが点いて『かぐや姫』が迫り上がるものなども載っていたから、あんまり深く考えない方がよさそう。

電池を入れ時刻を合わせてから、試運転をしてみる。すると、トランプ柄のティーカップの周りを、エプロンドレスを着たアリスが、チョッキに蝶ネクタイの三月ウサギを追いかけながら回り始めた。曲はまたしても微妙な選択。
このシリーズを企画した人の意図が掴みきれず悩んでいたら、店長もやってきて興味深げに時計を覗き込む。

「これ、おもしろいな。他の種類も注文してみようか?」

「無駄な在庫は増やさない方がいいですよ。これもいつまで売れ残るかわかりませんし」

ぐるぐると回るウサギを見ていて、ふと思いつく。

「このウサギって、なんだか店長みたいですね」

襟付きのベストや手に持っている懐中時計もだけれど、ティータイム好きなところなんかもそっくりじゃない?でも、『忙しい』が口癖のウサギほど時間には……追われていないか。
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