デジタルな君にアナログな刻を
音楽が鳴り止み、走り疲れたように立ち止まった白いウサギの耳先を突っついた。

「こんなに可愛らしいアリスになら、追いかけられるのも悪くないな」

「これが、可愛いんですか?」

鬼気迫る表情でウサギを追う姿は、お世辞にも愛らしいとは言い難い。

「うん。一生懸命走ってて、への字に結んだ口元なんて、円ちゃんによく似てる。でもこれって、ウサギがアリスを追いかけているようにもみえるよね」

どこか不満げな店長の指が、アリスの広いおでこをちょんと押す。なぜかわたしの額までムズムズとしてきて、思わず掌で押さえてしまった。なんなの、これ。

「こんにちは~!」

自動ドアが開き、外の冷たい空気と一緒に入ってきたのは奈々美さん。

「こんにちは」

私と店長の、声と顔を上げるタイミングが揃った。

奈々美さんは真っ直ぐ店長のもとへやってきて、A4サイズの封筒を2通渡す。片方は普通の茶封筒で、もう1通は、タイガーハウジングさんで使っているレモンイエローのもの。
お隣さんがこのビル全体を管理していて店子と大家に似た関係のためなのか、時々こうして店長を訪ねてくる。

「薗部さん。この封筒なんですけど、次の商店街の会合にウチの社長が行けないので、代わりに会長さんに渡していただけますか。それから、こちらの書類は確認したら印鑑を欲しいそうです」

「わかりました。これはお預かりしますね」

店長は黄色い封筒の中を覗き込んで、ちょっと驚いた顔をした。

「あれ、もう次が決まったんだ。ふうん。じゃあ、見終わったらそちらへ持って行きますから」

「すみません、お手数かけます。不明な点があれば電話でも」

「大丈夫だと思うけど。もし何かあれば、持って行った時にでも聞けばいいし」

よろしくお願いします、とお仕事モードで頭を下げた後、奈々美さんはわたしの方を見て、獲物をみつけた肉食獣のようにニヤリと笑う。反射的にぴくりと顔が引きつった。

「円ちゃん、明日はお休みでしょう。暇?暇だよね?実は私も有休を取って、休みなのよ」

一方的に決めつけられたけど、情けないことにその通り。溜まりに溜っている、録画したテレビ番組でも消化しようと思っていたところだ。そろそろハードディスクの空きを作らないと、弟に怒られそう。

「前の会社の友達とバーベキューをするんだけど、会費をタダにしてやる代わりに若い子を連れて来いって言われちゃって。どう?タダでお肉が食べ放題!」

この寒空にバーベキューですか。あんまり気が進まないけど、せっかくのお誘いだし。

「心配しないで。屋根が付いている半屋外みたいな場所だし、材料の準備も後片付けも全部会場のスタッフがやってくれるから」

う~ん。それって、焼き肉屋さんと変わらないのでは?まあ、いいか。タダなら。
頷きかけたわたしを、店長の低い声が遮った。

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