デジタルな君にアナログな刻を
周辺の店舗はまだまだ営業中。これからが書き入れ時という店も多い午後6時32分。薗部時計店は早々と6時で閉店し、すでに締めや掃除を終わらせていた。

帰宅しようとビルの裏手にある駐輪場にいたわたしを、呼ぶ声がする。聞こえた方向に目をやれば、やはりビルの裏にある機械式の立体駐車場の方から歩いてくる立河さんの姿が、すっかり日の落ちた道を照らす街頭に浮かび上がった。

「お疲れ様。今、帰り?」

「はい、先日はごちそうさまでした。まだお仕事ですか?」

確か税理士事務所は土日が休みだったと思うけど。
立河さんはシュークリームのお礼に「いえいえ」とにこやかに応えてから、苦笑いになる。

「この時期から年度末までは、特に忙しくてね。中には土日に来て欲しいって人も多いから。個人事務所はその辺、臨機応変にやっていかないと」

「大変ですね」

でも仕事がたくさんあって忙しいのはなによりだ。自分の職場の現状を思い起こして、ちょっとだけ羨ましくなる。

「そちらは?薗部のヤツ、ちゃんと仕事をしてる?」

「ちゃんと」かなあ。あははとごまかして返した愛想笑いが、はたと止まる。

「ウチの店長とお知り合いなんですか?」

同じビル内で仕事をしているのだから、お互いに顔と名前くらいはもちろん知っているだろうけれど、立河さんの口調には、それ以上の親しさが感じられたからだ。

「あれ、彼から聞いてない?薗部は3年前まで、俺と同じ事務所にいたんだけど」

「立河さんと一緒に働いていたんですか?」

ええっと。同じというとこは、あれ?もしかして……。

「そう、税理士事務所で。アイツも税理士の資格を持っているんだよ、知らなかった?」

知らなかった!驚きで声も出せずに、コクコクと首を縦に振る。
事務員とかではなく、税理士さん!?けっこう難関試験のひとつだよね?細かいお金の計算する仕事だよね?
のほほんとした店長のイメージとは、あまりにかけ離れた職業だ。なんで、どうして、そんな人が時計店の店長をしているのだろう。

「事務所から独立する時に一緒にやろうって誘ったんだけど、素気なく断られたんだ。道楽で時計屋なんてしてるくらいなら、ウチを手伝ってくれって言っておいて」

「道楽……」

唖然とするわたしに、立河さんは多忙の疲れもみえない爽やかな笑顔で手を振り、「暗いから気をつけて帰ってね」と自分の仕事場へ戻っていった。
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