デジタルな君にアナログな刻を
彼女の夫、つまり私たちの父親は、家族よりも仕事にもできない趣味を選んだような人だった。

別に恨んでいるわけじゃない。むしろ、早いうちに出て行ってくれて感謝しているくらい。
だって、弟が産まれるギリギリまで母が働いて貯めた出産費用を、カメラのレンズ代に使ってしまうような人がいたら、我が家は破産の一途を辿っていたに違いないから。

逆に、あんな男に見切りをつけるのが遅すぎたんじゃないかと、母の判断力を疑ったこともある。

そんな、もう顔も覚えていないような父だけど、幼かったわたしの心に、『安定した生活』を渇望する気持ちを深く植え付けるだけの印象は強烈に残していった。

だから道楽とやらで時計屋をしているという店長は、恋愛の対象どころか、本来なら雇用主としても避けたい人種。立派な資格を持っているというのに、どうして?という興味がないわけじゃないけれど。

片付けを手伝おうとしたわたしは母に断られてしまったので、明日の買い物をリストアップすることにした。それでも仕事は仕事。しっかりやろう。

ディスプレイのお手本を探すため、我が家に一台きりのパソコンを使う。
弟の部屋にあるそれの電源を入れて眉根を寄せた。アイツ、生意気にパスワードなんて設定してるじゃないの。
無駄な抵抗を……。わたしは思いついた数字を迷わず入力した。

498326――しゅ(し)・く・や・み・つ・る

あっさりと開いてしまったことに、逆に姉として危機感を覚える。キャッシュカードの暗証番号とか、大丈夫?

お年頃男子の検索履歴は見なかったことにしてあげて、『クリスマス』『ディスプレイ』などで調べてみると、様々な飾り付けの方法が出てきた。色鮮やかに装飾された定番のツリーや手作りのリース。窓ガラスをキャンバスに見立てて描く雪景色。

参考になりそうなものを閲覧して回っていると、バンッ!と大きな音を立てて襖が開く。

「なに、勝手に人の部屋に入ってんだよっ!!」

充(みつる)は今更なのに、慌ててノートパソコンをバタンと閉める。それよりも、万年床状態の布団の下からはみ出ている雑誌はいいのかい?と、目を細め心の中で呟いた。

「そんなに恥ずかしがるんだったら、うら若き乙女の前に半裸で出てくるんじゃないわよ」

お風呂上がりとはいえ、師走に入った真冬に上半身裸じゃあ風邪ひくよ。
そんな姉の優しい気遣いを無視して、濡れたままの頭をぶるぶると震って雫を飛ばす。

「そっちこそ、乙女のつもりなら少しは恥じらえっ!そんなだから、いい年して彼氏のひとりもできないんだ」

「失礼ね!わたしだって、彼がいたことくらいあるわよ。だけど、みっ……」

勢いに任せて続けてしまいそうになった言葉をぐっと飲み込む。今更、彼に言っても仕方のないことだ。

「充こそ、ネットや雑誌で満足しているようじゃ、一生彼女なんかできないんだから!」

「はあっ!?」

訝しげに眉根を寄せた後、例のブツを思い出したらしくパソコンと煎餅布団を交互にみやる。湯上がり以上に顔を朱くした充の脇をすり抜けて、わたしは四畳半の男臭い部屋を後にした。
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