デジタルな君にアナログな刻を
きっかり30分の半身浴をして、午前0時に温まった身体のまま布団に潜り込むと、数年前までは弟が寝ていた二段ベッドの下段から、先に休んでいた母の声がした。

「ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん。足が冷たくて、なかなか寝付けなかっただけ」

もぞもぞと動く気配に合わせて、古いベッドが軋む。

「湯たんぽでも作ろうか」

温まりかけた布団から起きようとしたわたしを、母は「大丈夫」と声だけで止めた。

「ねえ、円。あなた、今の仕事は好き?突然、時計屋さんに勤めるって言った時はびっくりしたんだけど」

わたしだって驚いた。だけどあの時の自分には、それ以外に選択の余地などないと思えたのだ。

「……仕事は仕事だよ。好きもなにもないし。それに、好きだからって簡単に仕事にできないのは、お母さんもよく
知っているじゃない」

世の中みんながそんなだったら、プロ野球選手やアイドルが溢れかえってしまう。好きなことをちゃんとした仕事にできる人なんて、ほんの一握り。人は大人になるまでの間に自然とそのことを悟る。
中には、結婚して子どもまで作っておいて、それを認められない父のような人もいるけれど。

もし願うだけで夢が叶うのなら、わたしだって今頃はきっと……。今頃、なんになりたかったんだろう。あれ?まったく思い浮かばない。
わたしは、手を伸ばせば届いてしまう天井を、常夜灯だけが灯る薄闇の中で睨み付けていた。

「でも、仕事を好きにはなれるでしょう?」

「別に好きじゃなくても、普通に仕事して、きちんとお給料がもらえればそれでいい」

そうだった。それがわたしの、夢。

「そう?どうせ同じ仕事をするのなら、好きになって楽しんだ方が得じゃない」

どこかで聞き覚えのある台詞が母の口からも飛び出して、わたしは布団に潜り込んだ。返事を返さなかったせいか母もそれ以上の会話は諦めたようで、しばらくすると微かな寝息が聞こえ始める。

わたしはといえば、頭から被った布団の中で、自分の鼓動がまるで秒針の音のように響いて耳に付き、寝付くまでにずいぶんと時間がかかってしまった。
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