デジタルな君にアナログな刻を
午前11時 休日出勤
一度は7時に鳴ったアラームを止めて二度寝してしまった朝の9時。のそのそと二段ベッドから降りると、カーテンの隙間から見えるベランダで洗濯物を干していた母が、窓越しに手を振っていた。
背後にキンと澄んだ青空も見える。今日も冬晴れのいいお天気だ。

顔を洗いに行った洗面台で見た自分の顔が、なんとなく腫れぼったい気がする。あまり眠れなかったせいかな。とりあえず、冷水でバシャバシャと顔を洗った。

我が家は微妙に生活時間のズレがあるので、朝は各自適当にパン食である。それは休日でも変わらない。
常備している6枚切りの食パンを2枚トースターに入れ、焼いている間にティーバッグの紅茶を濃いめに淹れミルクティーにする。ついでに昨夜の残りの煮物を冷蔵庫から出してレンジで温めた。
トーストに塗ったマーガリンの上に蜂蜜を垂らせば、慌ただしい平日の朝よりも、ほんの少しだけ贅沢な気分になれる。

ゆっくりと朝食を摂っていると、甘い匂いに誘われたクマのように寝癖全開の充が起きてきた。

「おはよう」

「ん、おはよ」

半分目を閉じたまま冷蔵庫を開け牛乳をコップに注ぐ。パンは焼かずに、べっとりとマーガリンを塗りながら囓っている。そんなだらけた姿を見てしまうと、もしかして店長のいい加減さは普通なのか、とも思ってしまいそうになった。

いやいや、彼と充とは年の差が一回り以上あることを忘れてはいけない。未成年と三十路男を同列で並べてはダメだろう。

さてと、そろそろ出かける支度をしようか。狭い洗面所へ向かおうとしたら、「ちょっと待ったあ」と、突然大声で止められる。

「なんなのよ」

「オレに先、使わせて。10時には出かけなくちゃいけないから」

だったら、もっと早く起きなさい。わたしの了承も小言も聞かずに、充は洗面所へ飛び込んでいく。
まだ9時半。時間はあるし、まあ大丈夫でしょう。充が食べ散らかした分も片付けをして、順番を待っていた。

いつもはものの5分で身支度を調える弟が、今日に限ってずいぶんと時間をかけている。あの短い髪をどうしようとしているのか、ドライヤーの音はなかなか止まない。
だいたい、制服のネクタイもまともに結べず、毎朝泣きついていたくらいオシャレとは無縁のヤツだったはず。おかげで人に締めてあげるのが上手になってしまった。こんな特技、いったいなんの役に……たってるのかなあ。

ベランダから戻りこたつで温まる母と、テレビを観て時間を潰していたけれど、壁掛け時計の針は進むばかり。

「あのコ、なにやってんの?」

「さあ。それこそデートなんじゃない?」

「まっさかあ。だって充だよ?」

母の予想を笑い飛ばしつつ、先に着替えを済ますことにしたわたしは、タンスの前で昨日自分にも言われた言葉だと思い出す。

……なにを着て行けばいい?

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