デジタルな君にアナログな刻を
店舗前の道をたくさんの人が行き交う中、ひとりの女性が足を止め、ショーウィンドウを覗いていたのだ。

中にいるわたしたちには目もくれず、楽しげな瞳は柔らかな光にライトアップされた時計に注がれている。彼女は、右から左にゆっくりと移動しながら一通り眺めた後、颯爽と立ち去った。
その後もスーツ姿の男性や年配の夫婦など、長い時間ではないけれど、何組もの人たちが目や足を留めてくれる。

もちろんすぐ購買意欲に直結するわけじゃないだろうし、ただ単に時間を確かめたかった可能性も十分にあり得る。それでも、ここに『時計店』があることを知ってもらえたという事実が嬉しい。自然と口元が緩んでいった。

「円ちゃんは、昔の薗部時計店を覚えている?」

わたし以上に緩んでいた唇から紡がれる、穏やかな声音で問われた。

「ロータリーの角にあったお店ですよね?横に大きな柿の木がある」

今よりもっとこじんまりしていた、駅周辺の風景を脳裏に描く。わたしの記憶に間違いはなかったようで、彼は満足げに頷いた。

線路と平行して走る細い道路沿いに建っていた時計店。古めかしい建物の横にあった、秋にはオレンジ色の実をたくさんつけるの大木が印象的で、今でも店先に並ぶ柿を目にすると、とある言葉を思い出す。

「実は子どもの頃、あの柿の実をもらったことがあるんですよ」


母が赤ちゃんの充を抱っこしていたから、わたしもまだ5歳くらいの時のこと。なにかの用事で駅前を通っていたのだと思う。

母の後ろについて歩いていたわたしは、険しい顔をしたおじいさんに呼び止められた。それがたぶん店長のお祖父さん。ご近所に配るつもりだったのか、袋に入った柿をいくつも手にぶら下げていて、そのうちの一袋を渡された。

やがて数歩先でわたしが遅れていることに気づいて引き返し、おじいさんと柿の入った袋とわたしを順番に見て驚いた母に向けて、彼の人はこう言ったのだ。

『お節介は承知で言わせてもらう。あなたも小さな子をふたりも面倒みるのは大変だろう。だが、たまには立ち止まり、振り返ってみることも必要じゃないかね。今、娘さんがどんな顔をして母親を追いかけていたか、知ってるかい?』

ハッとして、大きく開いた目でわたしを見下ろした母の、次の瞬間、泣きそうに歪んだ顔が未だに忘れられない。『ごめんね』と握られた手は温かくって。もう片方に持った柿の重さなどまったく気にならないくらいだった。

大人となった今、離婚したばかりの母が、大変な苦労をしてわたしたちを育ててくれたのは理解している。だけど、子どもだった当時のわたしは、毎日を忙しなく過ごす母にただ『手をつないで』欲しかったのだ。

そしておじいさんは、ごつごつと骨張った手でぐしゃぐしゃとわたしの頭を撫でながら、

『おまえさんも、欲しいものがあるのなら、ちゃんと口に出さないといけないよ』

と深いシワを寄せていた眉間を開き、くたりと顔を綻ばせた。


これが、幼いわたしの心に刻まれた、柿を見ると蘇る『薗部時計店』の記憶。
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