デジタルな君にアナログな刻を
あの日。つまり、わたしがこの店に初めて入った日のこと、だよね。

「雨の中、珍しく熱心に時計を眺めているお客さんがいると思ったら、どことなく見覚えのある顔で。やっと記憶を引っ張り出せたのと同時に、また時計を見てくれるようになったんだと思ったら嬉しくなって、声をかけちゃったんだよね。やっぱり怪しかったかな」

最後は独り言のように呟いてコーヒーを日本茶のように啜り、はーっと息を吐く。

「でも今日、あの女の子の理由がわかってスッキリした。もう時計を見るのは嫌じゃないってことだよね」

彼の話とわたしの記憶を照らし合わせると、フードコートで話した一件の時期と重なる。まさか自分の行動が、そんなところで見られているとは思いもよらなかった。

あの時計店の前を通る時、中を覗くのが習慣になっていたのは間違いない。始めたきっかけは時計ではなく、おじいさんの姿を探すことだったのだけど。
いや、別に、あの甘かった柿をまたもらえないかなあ、なんて卑しい根性とは決して違いますよ?

緩みっぱなしの表情で通る人たちを眺める店長は、どれだけ時計が好きだというのだろう。ディスプレイの効果が現れて嬉しい、というわたしなんかとはレベルが違いすぎる。

「店長は、このお店を趣味でやっているんですか」

「趣味?」

昨日から立河さんの言葉がずっと引っかかっていた。

「うーん。趣味というか、時計が好きだからには違いないかな」

「だったら!だったら、もっとお店大きくしようとか、頑張って資格を取ろうとか思わないんですか?将来に対する具体的な目標とか、展望とかはっ!?」

あまりにものんびりした答えに、ついつい苛立ちが募る。写真家として花が咲くどころか、発芽もしなかった父とは違い、せっかく自店舗という土台があるのだ。せめて仕事に対する気概とか野心とかだけでも持つことはできないのか。

わたしの剣幕に気圧されたのか、もう一度考えを捻り出すように寄せていた彼の眉根が、ぱっと明るく晴れた。

「できれば、いつかアンティーク時計を扱いたいとは思ってる。何十年も前に作られて動かなくなった時計に、もう一度時を刻んでもらうことができたら最高だね」

うっとりと細めた眼に映り込む、キャンドルの偽の灯火が揺れる。夢見るアラサー男子……。

「でも、もしそんな時計が手元にあったら、手放したくなくなりそうだな」

「店長。それでは商売になりません」

やっぱり『好き』を『仕事』にしてはいけない。

冷たくなったたこ焼きをひとつ楊枝に突き刺して、丸ごと口に入れる。堅くなって噛み切れないたこを、冷めたコーヒーで胃に流し込んだ。

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