デジタルな君にアナログな刻を
「……はい?」

あの雨の日と同じ言葉を言われれば、どっくんと心臓が大きく跳ね上がる。しかも今度は『家』だ。つまり、そのままの意味だよね?そこに深い意味がなかったとしても、彼への想いを自覚したわたしにはもう『そういう意味』にしか受け取れないのに。

「クリスマスが終わるまで、家から出勤すればいい。そうすれば通勤の問題も解決する」

まるで親戚の子の夏休み、「泊まりがけで遊びにおいで」と誘うような口振りだ。そして名案を思いついたとばかりに、得意げに目を細める。

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなの無理に決まってるじゃないですか」

「どこが?部屋も余ってるし、もちろん宿泊費なんかもらわないよ」

どこって、どこもかしこもです。わたしが目を白黒させていると、店長は不意に真顔になった。

「ほら。円ちゃんができないと思うことがあるように、僕にだって、これでも譲れないことがあるんだ。だからこの話はこれで終わり。営業時間は今まで通り。いいね?」

小さな子を諭すように言い、机の上に無造作に置いてあった携帯を持って椅子から立ち上がる。俯き下唇を噛んでいたわたしの横を通りざまに、頭を撫でていった。
納得がいかないのは、自分の意見が取り入れてもらえなかったためなのか、子ども扱いされたことなのか。きっとその両方だろう。

店長がバックヤードへ続くドアのノブに手をかけた時、自動ドアが開いて来店を知らせるチャイムが鳴る。反射的に、わたしたちは入店してきた人へと顔を向けていた。

「いらっしゃいませ」

真冬だというのにコートの類いは羽織らず、代わりに大判の白いストールを巻いている。襟周りには華やかなビジューがあしらわれ、ほわほわと膨らんだ袖をしたタンポポ色のニット。裾がアシンメトリーになったキャメルのロングスカートからは華奢な足首が覗き、スエード素材にファーがついたブーティに続いていた。

「こんにちは」

落ち着いた雰囲気を壊さない声が優しげな微笑みと一緒に向けられ、慌てて頭を下げる。

「いらっしゃいませ、こんにちは。なにかお探しですか?」

店内をぐるりと見回していた彼女は、声をかけたわたしにではなく、ドアの前に立ったままの店長に視線を定めゆっくりと口角を上げた。クリスマス一色の店内に、早くも春の花が咲いたような柔らかな色が差し込む。
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