デジタルな君にアナログな刻を
「あれはあれだ。ほら、その……店主の薗部哲だ」

「あ、店長ですか」

苛立たしげに言われ、『あれ』が人を指しているのだとようやくわかりほっとする。

「申し訳ありません。店長は今、席を外しておりまして」

「ああ?どこへ行った!?」

ぴくりと上がった老人の眉毛と一緒に、わたしの心臓も飛び跳ねた。店長が浅見さんとどこへ行ったかなんて、そんなのわたしも知りたいです。

「れ、連絡をとってみますっ!」

電話をかけるため、走ってカウンターに戻ろうとするわたしを、鋭い声が止める。

「いや、構わん。その代わり……」

「はいっ!なんでしょう」

凄みが増した声音に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「例のものは用意できたか、と伝えておけ。期限は必ず守ってもらう、ともだ」

「……お客様の、お名前を伺っても?」

伝言を受けて恐る恐る質問を返すと、ぎろりと睨まれ亀のように首を竦める。なんなのよ。わたし、なにか悪いこと言った!?

「お前は言われたことだけを伝えればいい。それでアイツは分るはずだ」

老人はもう一度鼻を鳴らすと、踵を返し店を出て行く。自動ドアの作動音に重なったチャイムのメロディーが、やけに呑気で浮いて聞こえる。
来た時と同じように開けられたドアから老人が乗り込むと、黒い車は重たいエンジンの音と排気ガスを残して去って行った。

その車がロータリーを抜けたのを確認して、やっとわたしは溜めていた息を吐き出す。同時に足の力が抜けて、へなへなと床に座り込んでしまった。

抱えた両膝に早鐘を打つ心臓の動きが伝わってくる。深呼吸を繰り返してどうにか治めると、震えの残る足をなだめすかして立ち上がった。

店長に、電話、しなきゃ。

受話器を持ってボタンを押そうとした手を止める。

電話してなんと言えばいいの?怖い人が来た、って? ただ伝言を頼まれただけなのに?

そんなことしたら、まともに店番もできないのかと思われはしないか。
わたしは、彼の中で自分の評価が下がることが怖かった。まだまだ子どもだと思われたくなかったのだ。

受話器の代わりにメモ帳とペンを取り、言われた内容を一字一句間違えないよう記して、作業机の目立つ場所に貼り付ける。

これで大丈夫。わたしはちゃんと仕事をした。だからお願い。早く帰ってきてください、店長……。
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