デジタルな君にアナログな刻を
エアコンを入れていても手が冷たくて、祈るように組んでいた。だけど私の願いもむなしく、店長が店に戻ってきたのは日が沈みかけた頃。

「ごめん。遅くなったね」

ジャケットを脱いだ彼のネクタイが、首元までキッチリ締められていることに気がつく。もしかして結び直した?誰が、どうして?

「なにか変わったことはなかった?っていっても、いつも通りか」

特段変化のない店内に苦笑して、店長はネクタイの結び目をいつものように緩めた。毎朝見ているその仕草にもやもやとした想いを抱えながら、留守中の報告をする。

「二組ほど、商品を見にいらしたお客様が。買われては行きませんでしたけれど。それと、お預かりした伝言があります」

「伝言?」

いつになく事務的な口調のわたしに気を止めることなく、店長は手渡したメモを不審な顔で読む。

「すみません、お名前を伺えなくて。和服を着た70歳ほどの男性でした」

顔と態度が怖かった、なんて泣きつけるはずもなく、わたしはそっと目線を下げた。

「ああ」

なんとも曖昧な説明でも店長は勝手に納得したみたいで、メモをポケットにしまってしまう。『例のもの』ってなんだろう。すごく気になって仕方がない。それなのに……。

「あの人になにかキツいことを言われたりしなかった?平気?」

俯いてるわたしの顔を心配そうに覗き込んでくるから、訊きたいことはいっぱいあるのにできなくなって、ただ首を横に振る。

あの年配の人は何者?何を渡さなければいけないの?浅見さんって誰?一緒にどこで何をしていたの?……どうして、ネクタイが直っていたの?

他人のプライベートに土足でずかずかと踏み込むなんて、そんな子どもじみたマネはしたくない。わたしはすべての質問を丸ごと飲み込んだ。


あれから、例の老人は再び訪ねてくることはなかったけれど、浅見さんは数回やってきて、同じように店長をさらっていった。

不自然にならないよう気をつけながら集めた彼女に関する情報では、このビルの4階にあるスペースで、カルチャースクールを開いているらしい。やってきた時に盗み見た左手の薬指には指輪はなく独身のようだ。

ただ、店長にそれとなく尋ねてみてものらりくらりとはぐらかされて、彼女と何をしているのかは決して教えてくれなかった。それもそうだ。もしわたしが無粋に想像しているようなことなら、ペラペラと喋ったりはしないだろう。

彼の頑なな態度が下世話な予想を裏付けるようで、わたしは落ち着かない毎日を過ごし、クリスマスやお正月商戦のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。
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