デジタルな君にアナログな刻を
午後7時 開演
祝日休み開けの24日、土曜日。つまりクリスマスイブの午前10時。いつも通り、時刻に合わせて店のシャッターを上げる。
駅前では、夜から行われるイベントに向けての準備が着々と進められていた。今日は午後からロータリーを一部閉鎖し、特設ステージが造られる。バスやタクシーは、臨時で設けられた場所での発着になると回覧が回ってきていた。
時計店がお休みだった昨日は丸一日設営を手伝っていた店長が、一段と眠そうな目で10時26分なってようやく店に顔を出す。その手には、首に巻かれてもいない臙脂のネクタイ。ワイシャツに至っては第三ボタンまで外されている。ベストを着ていなかったら、無駄に色気を振りまきそうな気怠い雰囲気だ。
「昨日は大変だったんですか?」
「あ、うん。結構遅くまでかかっちゃって」
あくびを噛み殺しながら目頭を指で揉みほぐす彼から、ネクタイを受け取ろうとした私の指先を、シルクの感触が掠めていった。
「今日はいいや。これからまた、準備に行かなくちゃいけないから」
店長は一度は伸ばした手を引っ込め、ネクタイを丸めてパンツのポケットにねじ込む。その替わりに懐中時計を取り出し、自分でじりじりと竜頭を巻く。事務室の壁掛け時計と見比べ、正しい時間が示していることを確認すると、時計はポケットの中へと戻された。
「……そうなんですか。大変ですね」
することがなくなった手を後ろで組む。間接的に、わたしができる仕事はないと言われたような気になった。
「今日は一日、店を出たり入ったりになると思う。午後からはほとんど留守にすることになるけど……大丈夫?」
頷くわたしにほわりと笑みを返し、彼は歩きながらワイシャツのボタンの一番上だけ残して留め、店内へ入っていく。
その後ろに続きながら、この数日間、思案し続けていたことをもう一度考えてみた。
先日来た老人が言っていた『例のもの』は、この店の現状から想像するに、やっぱり『お金』なのじゃないかということを。あの人に借りていた金銭の返済期限が迫っている、なんて思うのはやはりドラマの見過ぎだろうか。
だけど、表の通りは週末と年末が重なりいつもより更に人通りが多いというのに、そのたくさんの足がこの店の入り口を超える様子はない。そんな状態を見続けていれば、わたしの毎月のお給料がちゃんと支払われているばかりでなく、少額でもボーナスをもらえたことが奇跡のようにさえ思えるのだ。
店長は、無理をしてわたしを雇ってくれているのではないかとの不安が、日に日に大きくなっていく。
簡単な電池交換もできない店員を雇っているメリットはあるのだろうか。わたし一人分でも賃金が削減できた方が、この店の経営のためにもいいのではないか。いつしか、そんなふうに考えるようになっていた。
どうしてあの雨の日、あなたは「おいで」と言ってくれたのですか?
駅前では、夜から行われるイベントに向けての準備が着々と進められていた。今日は午後からロータリーを一部閉鎖し、特設ステージが造られる。バスやタクシーは、臨時で設けられた場所での発着になると回覧が回ってきていた。
時計店がお休みだった昨日は丸一日設営を手伝っていた店長が、一段と眠そうな目で10時26分なってようやく店に顔を出す。その手には、首に巻かれてもいない臙脂のネクタイ。ワイシャツに至っては第三ボタンまで外されている。ベストを着ていなかったら、無駄に色気を振りまきそうな気怠い雰囲気だ。
「昨日は大変だったんですか?」
「あ、うん。結構遅くまでかかっちゃって」
あくびを噛み殺しながら目頭を指で揉みほぐす彼から、ネクタイを受け取ろうとした私の指先を、シルクの感触が掠めていった。
「今日はいいや。これからまた、準備に行かなくちゃいけないから」
店長は一度は伸ばした手を引っ込め、ネクタイを丸めてパンツのポケットにねじ込む。その替わりに懐中時計を取り出し、自分でじりじりと竜頭を巻く。事務室の壁掛け時計と見比べ、正しい時間が示していることを確認すると、時計はポケットの中へと戻された。
「……そうなんですか。大変ですね」
することがなくなった手を後ろで組む。間接的に、わたしができる仕事はないと言われたような気になった。
「今日は一日、店を出たり入ったりになると思う。午後からはほとんど留守にすることになるけど……大丈夫?」
頷くわたしにほわりと笑みを返し、彼は歩きながらワイシャツのボタンの一番上だけ残して留め、店内へ入っていく。
その後ろに続きながら、この数日間、思案し続けていたことをもう一度考えてみた。
先日来た老人が言っていた『例のもの』は、この店の現状から想像するに、やっぱり『お金』なのじゃないかということを。あの人に借りていた金銭の返済期限が迫っている、なんて思うのはやはりドラマの見過ぎだろうか。
だけど、表の通りは週末と年末が重なりいつもより更に人通りが多いというのに、そのたくさんの足がこの店の入り口を超える様子はない。そんな状態を見続けていれば、わたしの毎月のお給料がちゃんと支払われているばかりでなく、少額でもボーナスをもらえたことが奇跡のようにさえ思えるのだ。
店長は、無理をしてわたしを雇ってくれているのではないかとの不安が、日に日に大きくなっていく。
簡単な電池交換もできない店員を雇っているメリットはあるのだろうか。わたし一人分でも賃金が削減できた方が、この店の経営のためにもいいのではないか。いつしか、そんなふうに考えるようになっていた。
どうしてあの雨の日、あなたは「おいで」と言ってくれたのですか?