デジタルな君にアナログな刻を
店に届いたメールやファックスを確認している店長の背後に立つ。

「あの……」

意を決して発した言葉は、賑やかに自動ドアをくぐってきた駅前商店街組合組合員ご一行様の挨拶に、ものの見事にかき消された。

「おはようございます」

店長と共に挨拶を返す。ほとんどの人が、暇を見つけてはここへやってくる茶飲み友達である。

「すみません。これから伺うところだったんですが……」

「あんたも自分の店があるのに、昨夜は遅くまですまなかったね。約束より早くて申し訳ないけど、またやってもらいたいことができて。年寄りばかりじゃ、機械ものは手に負えなくてダメだねえ」

メンツを見渡してみれば、普通の会社なら定年をとっくに過ぎているような年齢の人ばかり。いろいろと要領の悪い店長でも、あの中では役に立てることが多いらしい。

「そうそう。円ちゃん、あんたも夕方から手伝ってくれないかい?」

「わたしもですか?でもお店が……」

酒屋を営む会長さんから頼まれたけれど返答に詰まった。いくらお客さんが少ないからと言っても、さすがにお店を空にすることなどできない。そう断ろうとしたわたしの前を、さっき出てきたばかりの事務室から、ジャケットと商店街の名前が入ったはっぴを持ち出してきた店長が塞ぐ。

「すみませんが、それは勘弁してください。ウチの店もそれなりに年末で忙しいんです」

意外な理由を口にした彼を、思わず見上げてしまった。この店の閑古鳥状態は、ここにいる皆さんもご存じのはず。
そこは人生経験も豊富な先輩方だ。一枚も二枚も上手な会長さんは、いとも簡単に店長の言い分を撃破してみせる。

「だから、店を閉めてからで構わんよ。確か閉店は6時だったよな。例の開演は7時だし、営業終了後からで十分だ」

酒屋のご主人はにやりと片方の口角を上げて、勝利を確信したかの如き笑みをわたしに向けた。

「それに円ちゃんだって、間近で芸能人をみてみたいよな?こんな機会、めったにないぞ」

どうしたらいいのだろうと店長に助けを求めたつもりが、彼には違う意味にとれたらしい。長く溜め息を吐き出して、力なく首を垂れた。

「わかりました。円ちゃん、忙しかったら無理しなくていいからね。全部の仕事を終わらせてからおいで。もし来られなくなっても、こっちはどうにかするから」

両肩に手を置かれて念押しされてしまうと、信用されていないような気がして対抗心が沸いてくる。

「店番も閉めも、ちゃんとわたしひとりでできますから大丈夫です。できるだけ早くお手伝いに行けるように頑張ります!」

「いや、別に頑張らなくても……」

なぜか困ったように眉尻を下げる店長。もしかして、帰りが遅くなることを気にしているのだろうか。それならば、とわたしは力強く頷いてみせた。

「平気です。帰りは自転車を置いてバスで帰ります。終バスが行ってしまったらタクシーもありますし。一日くらい構いません」

「ええっと、そうじゃなくて」

ますます困惑顔になっていく。

「なんだ、帰りが心配なら家の息子に送らせればいいさ。軽トラなら自転車くらい積めるだろうよ」

「ええっ!?そんなのダメです。僕が送っていきますから」

ぶんぶんと首を振って会長さんの申し出を断ってしまう。だから、そこまでしてもらわなくても大丈夫なんですってば!

「それじゃあ、問題ないな。店長さんをお借りしていくよ」

渋い顔のままの店長を連れて、ご一行様はまたぞろぞろと店を出て行った。

急にしんとなった店内が少し寂しく感じる。だけど、のんびりしてはいられない。今日は店長が一日いないつもりで、気持ちを引き締めないと。この前みたいな情けない思いはしたくなかった。


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