デジタルな君にアナログな刻を
あれから来客がひとりもなかったことは、表にいたから知っている。だけど……。
「電話とか、来ませんでしたか?」
「特になかったと思うけど、なにかあったっけ?」
思うって、どうよ? わたしが掃除をしに出たときと同じ場所、同じ体勢でいた店長に、がっくりと肩を落とした。
すると店長はくるりと椅子を回転させて真後ろに立っていた私を見上げ、手を伸ばす。ペタリと、わたしのほっぺたに温かい手が張り付いた。
「なにをっ!?」
「冷たい。外、こんなに寒いんだ」
びっくりして固まったわたしを置き去りにして、店長は奥に備え付けられたミニキッチンへと向かってしまう。ほどなくコーヒーの良い香りが店内まで漂ってきた。
「お疲れ様」
窓からも見える店内の応接セットに、ほかほかの湯気を上げるマグカップをふたつ置く。そこは接客スペースなのに、と頭では理解していながらも、香しい匂いに誘われふらふらとアンティーク調の椅子に座ってしまった。
――美味しい。
砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーが、冷えていた身体に染み渡る。
今だけは、お客様も電話も宅配便も来ないことを切に願ってしまう。こんなわたしは、店長のサボり癖を責める資格がないのかもしれない。
ふうと、堪えきれずに漏らしたため息の向こう側にある柱時計が、ふと気になった。
「あの時計。壊れているんですか?」
針はずっと5時56分の位置のままだし、振り子が動いているところを見たこともない。壊れた時計を飾っておくなんて、時計店としてどうかと思うのだけれど。
店長はマグカップに落としていた視線を上げ背後を振り返ると、時計を目を細めて眺めた。
「もう古いからね。時計屋を始めた祖父さんが若い頃、初めて海外へ行ったときに買ってきたらしい」
「お祖父さんが? もしかして……」
わたしの幼稚な考えが読めたのか、店長の口角がおかしそうにゆるりと上がる。
「まったく動かなくなったのは5年くらい前だよ。祖父さんはその10年くらい前に亡くなってる」
ですよね。童謡と同じことが起こるとは限りませんよね。気恥ずかしさに、ひたすらコーヒーを飲むことに集中することにした。店長の話は続く。
「親父が修理しようとしたんだけど、もう部品がないらしくって。でもね、捨ててしまうのも祟られそうだし。――あ。まだ百年は経ってないと思うから、付喪神にはなってないと思うよ、たぶん」
またしてもわたしの考えを先読みされてしまう。
外国製の物でも付喪神になれるのだろうか、ということはこの際置いといて。なんともむずむずと落ち着かない気分になってしまったというのに、神様はこんな時だけ私の願いを聞き届けてくれたのか、コーヒータイムを邪魔するものはなにも訪れなかった。
「電話とか、来ませんでしたか?」
「特になかったと思うけど、なにかあったっけ?」
思うって、どうよ? わたしが掃除をしに出たときと同じ場所、同じ体勢でいた店長に、がっくりと肩を落とした。
すると店長はくるりと椅子を回転させて真後ろに立っていた私を見上げ、手を伸ばす。ペタリと、わたしのほっぺたに温かい手が張り付いた。
「なにをっ!?」
「冷たい。外、こんなに寒いんだ」
びっくりして固まったわたしを置き去りにして、店長は奥に備え付けられたミニキッチンへと向かってしまう。ほどなくコーヒーの良い香りが店内まで漂ってきた。
「お疲れ様」
窓からも見える店内の応接セットに、ほかほかの湯気を上げるマグカップをふたつ置く。そこは接客スペースなのに、と頭では理解していながらも、香しい匂いに誘われふらふらとアンティーク調の椅子に座ってしまった。
――美味しい。
砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーが、冷えていた身体に染み渡る。
今だけは、お客様も電話も宅配便も来ないことを切に願ってしまう。こんなわたしは、店長のサボり癖を責める資格がないのかもしれない。
ふうと、堪えきれずに漏らしたため息の向こう側にある柱時計が、ふと気になった。
「あの時計。壊れているんですか?」
針はずっと5時56分の位置のままだし、振り子が動いているところを見たこともない。壊れた時計を飾っておくなんて、時計店としてどうかと思うのだけれど。
店長はマグカップに落としていた視線を上げ背後を振り返ると、時計を目を細めて眺めた。
「もう古いからね。時計屋を始めた祖父さんが若い頃、初めて海外へ行ったときに買ってきたらしい」
「お祖父さんが? もしかして……」
わたしの幼稚な考えが読めたのか、店長の口角がおかしそうにゆるりと上がる。
「まったく動かなくなったのは5年くらい前だよ。祖父さんはその10年くらい前に亡くなってる」
ですよね。童謡と同じことが起こるとは限りませんよね。気恥ずかしさに、ひたすらコーヒーを飲むことに集中することにした。店長の話は続く。
「親父が修理しようとしたんだけど、もう部品がないらしくって。でもね、捨ててしまうのも祟られそうだし。――あ。まだ百年は経ってないと思うから、付喪神にはなってないと思うよ、たぶん」
またしてもわたしの考えを先読みされてしまう。
外国製の物でも付喪神になれるのだろうか、ということはこの際置いといて。なんともむずむずと落ち着かない気分になってしまったというのに、神様はこんな時だけ私の願いを聞き届けてくれたのか、コーヒータイムを邪魔するものはなにも訪れなかった。