デジタルな君にアナログな刻を
時間を迎え、司会が高らかにイベントの開始を宣言する。まずは式典お約束の、来賓である市長や駅長の退屈な長い話が始まった。
前列を陣取っているのは、あのグループの熱狂的なファンの人たちだろうか。
予想以上に観客が多いな、と思っていたら、最前列のど真ん中に浅見さんを発見した。その隣の美少女がきっとお嬢さん。お揃いの応援グッズを両手に持ち、そわそわとステージ袖を気にしている。

そうだ!店長はどこにいるのだろう。舞台周りを見回しても、やっぱりあの目立つ長身は見当たらない。大通りで交通整理でもしているのかな。

きょろきょろと頭を動かしていたら、肩をぽんと叩かれた。その重量感にもしかして!?と振り返る。

「なんだ、真美子さんか……って、どうしたんですか?着物なんか着て」

バイトでお世話になった総菜屋の真美子さんは、いつもの白衣と打って変わったクリーム地に梅と雪輪が描かれた訪問着で、手に黒いお盆を持っている。

「寒いのにご苦労さん。久しぶり逢ったのに、なんだかずいぶんなご挨拶だねえ?」

目を細め恰幅の良い胸を反らせる。わたしは慌てて愛想笑いと言葉を足した。

「やだなあ、びっくりしただけです。よくお似合いで」

「授賞式のアシスタントを頼まれたのよ。私は無理だって、何度も断ったんだけどね」

そう言いながらまんざらでもないことは、いつもほとんどしていないのに、今日に限ってばっちり施された濃いメイクでもわかる。お盆の上にある賞状と副賞の祝儀袋は、『こうそくクン』のデザインを考えた人に贈られるものだ。

あれを考えた人にも、あれに決めた人にも、その理由を聞いてみたい気がする。ついでに、この人選をした会長さんにも。

壇上では、まさにその商店街組合会長さんのスピーチが行われていた。
60年前はまだ野っ原だったこの辺りに鉄道が通り、駅ができて家が建ち、という駅前の発展の歴史からどんどん話が逸れ、現在は自分の店で扱う銘酒紹介になっている。

「そうそう。時計屋さんの仕事はどう?まあ、薗部さんのところなら、なにも心配することなんてないけれどさ」

「ウチの店長のこと、知ってるんですか?ああそうか。組合で一緒になりますもんね」

駅を挟んで反対側でも、以前からある駅周囲の店は同じ組合に加入している。それに薗部時計店も一時期は営業を辞めていたとはいえ古い店だから、この辺りに昔から住んでいる人なら知っていて当然だ。

「哲君なら、こーんな小さい時から知ってるよ」

真美子さんはお盆から片手を離して、掌を膝辺りまで下げる。それってもう、赤ちゃんの頃からですよね。ちょっと見てみたかったかも。
ランドセルを背負い、ぽーっと青空を流れていく白い雲を眺める店長を想像してしまったわたしの口元が、思わず綻ぶ。

「この商店街にも、若い人が増えてくれると本当に助かるねえ。円ちゃんもこのまま哲君のお嫁さんになって、組合の一員として働いてくれたらいいのに」

「じょ、じょ、冗談……」

途端、冬の夜の屋外にいるという寒さなんて吹き飛んだ。全身――特に顔から上が火に炙られたように熱くなる。
突然なにを言い出すんだ、このおばさん。
「冗談言わないでくださいよ」と真美子さんの肉感的な背中を平手打ちして笑い飛ばせる余裕が、今のわたしにはなかった。
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