デジタルな君にアナログな刻を
いままでずっと、目に映る風景がスローモーションで見えるっていうのは比喩的なものだと思っていた。

「危ない」という声が壇上から聞こえたような気がする。だけど、その聞き覚えのある声の主はこの場にはいないはずで。

それから星が飛ぶのが見えた。これは比喩じゃなくて本当。つぶらな目とにっこり笑った口のついた星。続いてツリーの天辺が突き刺さったような夜空と、柔らかくもないけど固すぎもしない、温かな背中の感触。

「……怪我は、ない?」

耳のすぐ後ろで響いた低い声に、心臓が止まるかと思った。

「店……長?」

彼女に押されて仰向けに倒れたはずが、したたかに後頭部を打ち付けずに済んだのは、わたしの身体とステージの縁との間に滑り込んだ店長が、クッション代わりなってくれたおかげだったのだ。

「大丈夫?ステージの上から見てたら、なんだか揉めていたみたいだったから。必死で下のスタッフに伝えようとしたんだけど大声を出すわけにもいかなかったし、目線で訴えてもあれじゃあ伝わるわけないし」

舞台から飛び降りた時に脱ぎ去ったのか、単純に落っこちてしまっただけなのか、へにゃりと歪めた顔を向けた先に転がる、星型の――こうそくクンの頭部。
極一部を除き、ゆるキャラがステージ上で叫ぶなんてもってのほか。だけど、被り物が取れ素顔が晒されてしまっては、元も子もないじゃないですか。

「中の人、店長だったんですね」

会場をいくら探しても見つからないはずだ。そして、こうそくクンのスタイルの良さもあの辿々しい動きも、妙に納得がいく。

「うん。さすがにちょっとね、恥ずかしくて言えなかった」

照れ臭さを隠すようにわたしの腰に回されていた右腕に少し力が入り、身体の密着が増す。耳元で囁くように零された言葉がくすぐったい。

「でさ、円ちゃん。どこも痛めてないようなら、そろそろ退いてもらってもいい?ライブ止めちゃって、やたらと注目を浴びてるみたいだし、少し左手がおかしい……かも?」
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